2017-10-31

おばけのおはなし



万聖節直前なので、いろんな場所でかぼちゃのお化けを見る。かぼちゃ以外では柿もシブいオレンジ色ゆえか、地味に活躍しているもよう。

  戦城南  楽府古辞

戦城南 死郭北 
野死不葬烏可食
為我謂烏 且為客豪 
野死諒不葬 腐肉安能去子逃
水声激激 蒲葦冥冥
梟騎戦闘死 駑馬徘徊鳴
梁築室 何以南 何以北
禾黍不獲君何食 願為忠臣安可得
思子良臣 良臣誠可思
朝行出攻 暮不夜帰

  戦城南  楽府古辞

城壁の南で戦って
城郭の北で死んだ
のたれ死んだわたしを
カラスが喰らいにやってきた
わたしの代わりにカラスに言ってくれ
黄泉の旅へ出るわたしのために
しばらくのあいだ啼いてほしいと
野に倒れた者は弔いと無縁 
あせらずともこの腐った肉は
おまえの前から消えたりしないと

水の音はごうごうと鳴り
蒲や蘆はうっそうと繁る
勇ましい騎兵は戦い抜いて死に
のろまな馬は生きながらにしてさまよう

ああ 一国を築くために
なぜ北や南をさすらわなければならないのか
穀物をとりいれる民もいなくて
王よ あなたはなにを食べるもりなのか
いったいこのありさまを
民が国に尽くすことだとほんとうに思うのか
王よ よく考えてみるがいい
あなたの民たちが腹の底で考えていることを
朝 門を出 敵陣に攻め入ってゆく兵士たちが
日が暮れ 夜になっても 誰ひとり戻らないことを

楽府(がふ)は漢詩の一形式。もともとは前漢の時、民間歌謡の採集のため設立された音楽官署の名前だったのが、ここで集められた歌謡それ自体を指すようになった。上は死者の口を借りて戦争を呪う詩。鼓吹曲のリズムが変わる(らしい)ところで一行あけた。

2017-10-30

辺境のくだもの


曹丕(魏の初代皇帝)が趣味人気質なのは有名な話ですが、この人は変な詔を出していることでも知られており、『全三国文』巻六魏六をひらいてみると、群臣への詔として蜜柑(橘)の詔、梨の詔、ライチの詔、孟達の蜀の肉料理レシピの詔などが載っています。それ以外にも、たとえば下は曹丕による葡萄評(詩ではありません)。

夏はじめから秋にかけ、なおも暑さの残るころ、酔いざめ悪きようなれば、露を拭って食べてみる、甘いが飴に似ておらず、酸っぱいものの酢ではなく、思うだけでも美味しそう、そんな希少なくだものだ、食う喜びはいかばかり。

未夏渉秋 尚有餘暑 酒醉宿酲 掩露而食 甘而不飴 酸而不酢  道之固以流沫稱奇 況親食之者 (段成式『酉陽雑俎』)

なんだか『西遊記』の韻文みたいで、どこの仙境からもいで来たくだものなの?って感じ。中国の詩文にあらわれる「辺境のくだもの」の描写というのは面白いです。葡萄の出てくるものでは、耶律楚材の次の詩も好き。

  西域河中十詠  耶律楚材

寂寞河中府 連甍及萬家   
蒲萄親醸酒 杷欖看開花  
飽啖鶏舌肉 分食馬首瓜  
人生惟口腹 何礙過流沙  

  西域の河中で十首を詠む  耶律楚材

サマルカンドは
ひっそりと静まりかえり
見わたすかぎりの甍は
過ぎ去りし日々の
輝かしい面影をそのまま残している 
ひとびとは
自分たちの手でワインを醸す
アーモンドの白い花が
そこらじゅうに咲きほころんでいる
香辛料をすりこんだ肉をたらふく食い
馬の頭ほどもある瓜を割ってかぶりつく
人生とはおいしいものを食べること
そのためなら
流沙を越えるのだって苦にならない

耶律楚材(やりつそざい、1190年-1244年)は初期のモンゴル帝国に仕えた官僚で詩人。この詩はチンギス・ハンに従って河中府サマルカンドに赴いたときのもの。桃源郷とはまたちがうタイプの楽園が、背後に想像されています。

2017-10-28

真夜中の月、少年の春


先日対句を引用した白居易「春中与盧四周諒華陽観同居」の全訳。

  春中与盧四周諒華陽観同居  白居易

性情懶慢好相親 門巷蕭條称作隣
背燭共憐深夜月 蹋花同惜少年春
杏壇住僻雖宜病 芸閣官微不救貧
文行如君尚憔悴 不知霄漢待何人

  春中、盧周諒と華陽観で同居する  白居易

生まれつき
ものぐさなところがぴったりで 
近所もものさびしかったから
いつのまにか仲良くなった

灯火をそむけては
まよなかの月を共に愛し
花影をふんでは
青春の時を惜しみあった

華陽観は田舎にあって
静養するにはよいのだけれど
秘書官の地位は低くて
日々の暮らしはままならない

才と器が君のようでも
こんなにもやつれているとは
朝廷の望む人材はいったい
どんなだろうと不思議になる

華陽観は長安の町外れにあった道教の寺。当時、若き秘書官だった白居易は昇進試験の勉強のためこの寺に移り住み、盧周諒と同居した。ところでこの詩、短歌連作での翻案が可能な雰囲気。近日中に試してみたい。

2017-10-27

酒と菊の日々


陶淵明(とうえんめい、365年-427年)はあの「桃花源記」(桃源郷の出処)書いた人。あらためて考えるとびっくりするくらい昔の詩人です。

  飲酒 其七  陶淵明

秋菊有佳色 裛露掇其英 
汎此忘憂物 遠我遺世情 
一觴雖独進 杯尽壺自傾 
日入群動息 帰鳥趨林鳴 
嘯傲東軒下 聊復得此生

  酒を飲む 其七  陶淵明

秋の菊が美しい
しっとりと露に濡れたその花びらを摘みとり
憂いを忘れさせるこの霊水に浮かべて
わたしは世間から一歩 また一歩と遠ざかってゆく
ひとり盃で じっくりと 
ほしいままに唇をうるおしていると
そのうち盃は空となり
気がつけば酒壺が転がっている
日は暮れ さまざまの営為がそのうごきをやめ
ねぐらに帰る鳥たちが林をめざして啼いている
わたしは東の軒下で
ああ と声を漏らしてくつろぎながら
今日もまた一日を
たっぷり味わったことに心から満足する

2017-10-26

作って食べる


少し前にも試訳した陸游から、ご馳走の詩をひとつ。

  飯罷戯示鄰曲  陸游

今日山翁自治厨 嘉肴不似出貧居
白鵞炙美加椒後 錦雉羹香下豉初  
箭茁脆甘欺雪菌 蕨芽珍嫩圧春蔬  
平生責望天公浅 捫腹便便已有余

  食べ終わり、戯れに近所の人達に見せる  陸游  

今日は田舎老人であるわたしが
みずから厨房に入って
貧乏屋敷に似合わないご馳走をつくった
鵞鳥の焙り焼きは 山椒をふると旨みが増し
雉の吸い物は 味噌を加えたとたん香りが立った
筍の芽のほろりとした甘さは 白い茸をおもわせ
早蕨のふわりとした歯応えは 春野菜をしのいだ
日ごろは 天のつれなさを
恨むこともあるけれど
ふくれた腹をさすっているときは
こんなにも満ち足りた気分でいられる

「脆甘」は崩れそうな甘さ、「珍嫩」はめったにない軟らかさ、「便便」は太って腹が出ているさま。この「便便」って日本語の辞書にもある言葉なんですね。知らなかった。

2017-10-25

セリとタケノコのお弁当。


蘇軾(そしょく、1037年-1101年)は宋代の詩人。画を描いたり語ったりするのも大好きで、現在でも日常で用いられる「平淡」という美的概念は、この人が批評用語として確立した(はずです)。

  新城道中 二首之一  蘇軾

東風知我欲山行 吹断簷間積雨声
嶺上晴雲披絮帽 樹頭初日掛銅鉦
野桃含笑竹籬短 溪柳自搖沙水清
西崦人家応最楽 煮芹焼筍餉春耕

  新城の道中で 二首の一  蘇軾

東の風は
わたしが山に行きたがっているのを知ると
軒端にまで聞こえていた雨音を
きれいさっぱり吹きとばしてくれた
山のいただきは わたぼうしの雲をかぶり
樹のてっぺんに たたきがねの陽がのぼった
野道の桃は咲きほころんで 垣根のような竹は短く
谷川の柳はおのずと揺れて 岸辺によせる水は清らか
西の山麓の住人にとって
今はいちばん心のはずむ季節
セリを煮て タケノコを焼いて
春の畑で働く人々のお弁当をこしらえている

この詩はラストの「煮芹焼筍餉春耕」がツボ。「餉」はかれいい。ほし米。あるいは旅人や田畑で働く人の弁当や食事のこと。食いしんぼうを、そそります。

2017-10-24

わたしのおうち


呉偉業(ごいぎょう、1609年-1671年)は中国明末・清初の人。呉梅村とも称される。

  梅村  呉偉業

枳籬茅舎掩蒼苔 乞竹分花手自栽
不好詣人貪客過 慣遅作答愛書来
閑窓聴雨攤詩巻 独樹看雲上嘯台
桑落酒香盧橘美 釣船斜繋草堂開

  梅村  呉偉業

からたちの垣根をめぐらした茅葺の家は
青い苔に覆われていて
近所からいただいた竹や株分けした花を
思いのままに育てている
お出かけするよりお招きするのが楽しくて
筆まめじゃないくせに手紙をもらうのが好き
窓辺で雨を聴きながら 詩の本をめくるのや
樹上に雲を眺めながら 石の台にのぼるのも
桑落酒はほろりと辛く 
金柑はとろりと甘い
釣舟を斜めにつないだ場所に
わたしの庵の門はひらいている

タイトルの「梅村」は呉偉業の隠棲していた山荘の名前。「桑落酒」は桑の葉の落ちるころに造る名酒。杜甫の詩にも「坐開桑落酒 來把菊花枝」の対句がある。あと石の台についた「嘯台」というネーミングはこちらに由来する(写真はこれみたい)。こういうのを庭につくって、その上で詩を吟じるようだ。

それにしても「愛書来」の字面がかわいい。この三文字を俳句の上五につかってみるのってどうかしら? 読み方は「しょのくるをはす」で初句7音の句にするの。ダメかな?

2017-10-23

第3回瀬戸内ブッククルーズ、そして昼寝。


今週の金曜日と土曜日に「第3回瀬戸内ブッククルーズ イチョウ並木の本まつり」が開催されます。本と遊んで、聞いて、飲んで食べて、うんぬんといったテーマで、瀬戸内エリアを中心にした本に関わる48店舗が集まるイベントです。HAHUBrisées石原ユキオさんがソロで出店されるもよう。これ、春にもあったイベントですが、とても明るく愉しい雰囲気の写真がいっぱいでした。

日時 2017年10月27日(金)・28日(土)/10:00-16:30頃まで
会場 Jテラスカフェ(岡山大学 津島キャンパス内)
住所 〒700-0082 岡山県岡山市北区津島中1丁目1-1
電話 086-253-0567(Jテラスカフェ)
入場 無料
備考 雨天決行(ただし当日午前7時の時点で警報発令等の荒天の場合は中止とし、ウェブサイト、SNS上でお知らせいたします。)
主催 瀬戸内ブッククルーズ実行委員会

* * * * * * *

厲鶚(れいがく)という清代の詩人を見つけたので訳してみる。

  昼臥  厲鶚

妄心澡雪尽教空 長日関門一枕中
跂脚飛塵難我涴 支頤清夢許誰同
黒驚燕子翻堦影 涼受槐花灑地風
慙愧夕陽如有意 醒来毎到小窓東

  昼寝  厲鶚  

浮き世の思いを
ことごとく洗い流して
日ざかりの門を閉ざし
ひとねむりする

爪先にわたぼこりが立っても
眉ひとつうごかさずに
頬杖をついて清らかな夢路を
ひとり愉しく辿っている

黒いものにはっとすると
梯子にひるがえる燕の影だった
ひんやりしたと思ったら
槐の花を地面に散らす風だった

ありがとう 夕日よ 
すべてを察するかのように
目ざめるといつも小窓の
東に射し込んでいてくれて

タイトルが「昼寝」なのでいいなと思ってみれば、なんでも会試に落第して郷里に帰ったときに書いた詩なのだそう。頸聯「黒驚」「涼受」の背後にひそむ苦悩から尾聯「夕日」の慈悲への流れがわかりやすく、試験に落ちた作者の繊細な心持ちがよく伝わってくる。

そしてまた、両手で顎を支えて目をつむり、少し足元を動かすと、机の下にふっと塵が舞う清朝の一室といった光景が、うーん素敵。

岩波文庫『中国名詩選(下)』では「燕子翻堦影」が「石段(きざはし)に舞う燕の影」となっている。でも室内にいる上、影は眼裏に迫らないと詩的にサマにならないので、ここでは「堦」を石段ではなく窓や軒先に架かった梯子で、そこに燕がひるがえったと解してみた。

2017-10-22

宇宙間について・後編


句集『途中』の制御しがたい遠近&重量感覚は、身体を詠んだ句にも及んでいる。

澄む水に浮かんだままの主人公  松井真吾
吊革のなくて摑んだ夏の山  〃
生命線背中まで伸び秋終わる  〃

一句目は「主人公」が「浮かんだまま」というのが絶妙におぼつかない。二句目は摑んだものが大きすぎる。三句目は命の目盛りが伸びすぎだ。

で、措辞のリズムや、脱超越的な身体描写などが、やっぱり現代川柳っぽい。

そういえば自分は、現代川柳で割とよくある〈脱超越的身体〉を俳句に導入できないかしらと思い、仮に俳句における身体把握が人文学的だとするならば川柳のそれは工学的であり、ロマン主義に陥らずに身体を脱臼させる〈狂度〉が技法として行き渡っているといったメモや、普川素床さんの川柳における身体的〈狂度〉をめぐる放談や、福田若之さんの俳句を前田一石さんの川柳と比較して俳句的身体の非脱臼的傾向を述べた日記(これ、なぜか枕が関心を集めるようですが本題は中盤以降です)などを書いたことがあるのだけれど、松井さんの句集を読むと、川柳と俳句とを行き来するのはそう難しくないのかも、とちょっと胸がはずむ。

ところで松井さん、普川素床さんとは句会仲間らしい。普川さんと句会をするってどんな感じなのだろう? そこも宇宙間的文脈で大いに気になるところだ。

できたての虹からあふれだす達磨  松井真吾

♣ 参考リンク ♣
【みみず・ぶっくす42】川柳とその狂度
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第1回 また終わるために-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第2回 ねえジョウ-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第3回 いざ最悪の方へ-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第4回 まだもぞもぞ-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第5回 しあわせな日々-
〈世界〉の手前から フラワーズ・カンフー * 小津夜景日記

2017-10-21

宇宙間について・中編


きのうの「松井真吾さんの句から現代川柳を連想した」件。これは多分に感覚的な話(それゆえ言語化するのが億劫)なので詳細は省くけれど、たとえばこんな波長のもの。

初夢のあいだあいだのコマーシャル  松井真吾
涅槃図のトムはジェリーを追いかける  〃
秋の蚊の想定外のテレパシー    〃

一句目は「初夢」から入って「コマーシャル」に着地するという発想が素敵。「あいだあいだ」という繋ぎ方も、全体の音の張りもいい感じ。

二句目は季語がぴったり。トムとジェリーの図像を涅槃図に落とし込むといったアイデアは、現代アートにもなりそう。

三句目は「想定外の」がキモ。句が躍ってる。こういった、一歩間違うと説明オチになりかねない微妙な表現を、巧みに使いこなすことで生じる愉しさ。

あ、あとこの句集、異様な速度を詠んだ句が多すぎるところもヘン。

ひとり居の父雛壇を駆け登る  松井真吾
雨乞いの校長廊下を駆けてゆく  〃
お客様転落のため夏終わる    〃

こうした風景もまた、松井さんよる世界認識の、制御しがたい遠近&重量感覚から来ているのだろう。

2017-10-20

宇宙間について・前編



柳本々々さんが松井真吾さんの俳句を〈収拾のつかない空間〉と評している(続フシギな短詩164)が、これって松井さんその人の生きている場所をそのまま言い当てている、と思う。なぜそう思うかというと、少し前に松井さんとメールで話していたとき、スピカにわたしの書いた「国宝さん&重文さん」のエピソードに松井さんが触れて、

「よくわかります。わたしはビルやマンションにある『定礎』をずっとひとの名前だと思ってました。『あ、また定礎さんのビルだ!』と。」

とおっしゃったからだ(※この話、松井さんの了承を得て書いてます)。

だいたい松井さんは、話すたびに現実離れしたことを言う方だ。たとえば野球実況の「右中間に打った~!」というのを「宇宙間にボールが飛んでいったのだ」とずっと思っていて、今でもそう考える方がしっくりくるのだ、とか。そんなわけで、彼の句集『途中』にも、奇想天外な句がちらほら。


白魚を載せて気球の飛び立てり  松井真吾

極小としての「白魚」と極大(≒膨張物)としての気球。しかもそれが浮遊する。この取り合わせには作者の、制御しがたい遠近&重量感覚が現れている。あるいは、

いっせいに椅子の引かれる蜃気楼  松井真吾

「いっせいに」といった強力な一致団結が、しがない空中の「蜃気楼」として、どっと出現する光景。これも「宇宙間」的境涯の一景かも。

こういう系統の作品には、良い意味でのすっとぼけや、あるいは知的カマトトな感じの、いわゆる作者の才気が見え隠れするものが多い。ところが『途中』はそういった雰囲気とは無縁で、あくまで素直な手触りがある。そこが新鮮で、読んでいて疲れない。あと思ったのが、全体的にとても現代川柳的だということ。ここ、わたしにとって大変気になる特色です。

2017-10-19

続・春に酔える者たち、あるいは水の表層


先日のブログに紀友則「久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」を引いたとき、わたしは花が無心であることのあわれに感じ入ったのですが、はっと気づいてみれば、作者その人は花を有心物(しづ心なきもの)として捉えていたのでした。で、そこから思い出したのが、
落花語らずして空しく樹を辞す
流水情(こころ)無くして自づから池に入る
(落花不語空辞樹 流水無情自入池)
という白楽天の対句と、これを踏まえた菅原文時の詞書。
誰か謂ふ 水に心無しと
濃艶(じやうえん)臨めば 波色を変ず
誰か謂ふ 花は語らずと
軽漾(けいやう)激すれば 影唇を動かす
(誰謂水無心 濃艶臨兮波変色
誰謂花不語 軽漾激兮影動脣)
意味は「誰が言ったのだろう。水に心がないなんて。美しい花が映れば、波もまた色を変えるのに。誰が言ったのだろう。花は語らないなんて。さざなみが立てば、水に映るその影が唇を動かすのに。」

「水面」はよく言及されるようでいて、その存在様式自体に意識の及んだ作品というのは存外少ない。上の詞書は、そうした先駆的表現のひとつだと思います。

2017-10-18

月のあかるい場所



いつもかわいい「はがきハイク」第17号。ゲストは柳本々々さん。この狭い空間にむりやり客人を迎えるといった心意気が、なんだか茶席みたいで面白い。三人のお手前も、こんな風にぴったり。

ペンギンの交尾が秋の風のなか  西原天気
月光を浴びているあいだは症状が軽い  柳本々々
回って回ってバウムクーヘンなる良夜  笠井亞子

* * * * * * *

えっと今日は明代の袁宏道(1568年-1610年)。彼は生け花の書(『瓶史』)や、楽しい酒の飲み方の指南書(『觴政』)なども書いています。

  二月十一日崇国寺踏月  袁宏道

寒色侵精藍 光明見題額 踏月遍九衢 無此一方白
山僧尽掩扉 避月如避客 空階写虬枝 格老健如石
霜吹透体寒 酒不暖胸膈 一身加数氊 天街断行跡
雖有伝柝人 見慣少憐惜 惜哉清冷光 長夜照沙磧

  二月十一日、崇国寺で月を踏む  袁宏道

そのつめたい光は伽藍を濡らし
扁額の題字をくっきりと浮かびあがらせていた
月影を踏んで 都をくまなく歩いてみたが
この寺の一角ほど月のあかるい場所はなかった
それなのに寺の坊主はことごとく門を閉ざし
まるで俗客を避けるみたいに月を避けている
人気のない石段には虬のごとくうねった枝が
昔の筆遣いさながらの立派な影を落としている
辺りは霜 寒さが身にしみる
酒でも体の芯があたたまらない
毛布を何枚も重ねてくるまっているうちに
大通りからはすっかり人気が消えた
拍子木を打つ夜回りがいるにはいるが
見慣れているのか月に感じ入るようすはない
ああ もったいない 
こんなにも冷たく清らかな光が 
一晩中 砂原を照らしているだけだなんて

ちょうど真ん中でふっと意識の風向きが変わる詩。性霊説を唱えていた詩人のせいか、さりげなくソウルフルです。

二月の北京はとてつもなく寒そう。最後の行の、砂原(沙磧)という表現は、北京の古刹崇国寺(現在の護国寺)一帯が砂地だったことから来ています。

2017-10-17

春に酔える者たち


 春日醉起言志 李白

處世若大夢 胡爲勞其生
所以終日醉 頽然臥前楹
覺來観庭前 一鳥花間鳴
借問此何時 春風語流鶯
感之欲歎息 對酒還自傾
浩歌待明月 曲盡已忘情

春の日、酔いより起きて志(おも)いを言う  李白

この世に生きることは
夢をみるのと変わらない
愁いを遠ざけたまま
こんな風にひねもす酔いしれ
戸口の柱でひとねむりする
ふと目をさますと庭先に
一羽の鳥 花の中で鳴いている
ああ いったい今はいつだろう
梢をわたるうぐいすは春風と語らい
わたしはそのありさまにため息をつくばかり
思わずまた杯をかたむけ
朗々と歌いながら月を待ったのだけど
歌いつくす頃にはなにもかも忘れて
ただぐっすりと眠っていた

胸の中が暖かくなる詩。特にいいなと思うのが、ふいに目覚めたら「花の中で一羽の鳥が鳴いていた」という箇所。いまだ夢の中のような光景に自分の所在が一瞬わからなくなる感じ、またそこへすかさず春風が吹いて、李白の意識を二度覚醒させるといった構成が巧みだなあと思う。

あと、もしこの詩を原典として、その情感を変奏するとしたら、マーラーの「大地の歌」的演出ではなく
久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ(紀友則)
といった感じの方が自分には嬉しい。李白の夢は、荘子の夢だし。

それにしても、紀友則の歌、すごいねえ。光あふれる世界だけが描ける、この世に生きてあることの無常。散る花が、悲しみの果てに心を喪った涙のようだ。

2017-10-16

ふたつの戦争



  岐陽三首 其二  元好問

百二関河草不横 十年戎馬暗秦京
岐陽西望無来信 隴水東流聞哭声
野蔓有情縈戦骨 残陽何意照空城
従誰細向蒼蒼問 争遣蚩尤作五兵

要害堅固たる関河に
草一本生えていない

長年にわたる戦乱で
秦の都も荒れ果てた

岐陽の西を眺めても
風の便りすら掴めぬまま
人々の嘆きを乗せて
隴水は東へと流れてゆく

野の蔓草は 哀れむように
戦死者たちの骨にからみつき
沈む夕陽は なにも語らず
空っぽの城跡を照らしている

だれに託せば
蒼天の神に問い糺せるのだろう

なぜあなたは
蚩尤に武器をつくらせたのかと

これは1231年蒙古軍によって岐陽と長安とが落とされたことを悼んで、元好問(1190-1257)が詠んだ詩。「関河」は関と河とで防衛ライン。多くの場合、函谷関&黄河による要害のことで、この詩もそう。「蚩尤」は中国古代の伝説に登場する部族の酋長で「しゆう」と読む。石や鉄を食べ、殺戮を好み、はじめて五種類の武器をつくった神としても知られる。上の画像が蚩尤のヴィジュアル。

そしてこの詩の「野蔓有情縈戦骨」から、背景は違えど情景の類似をもって思い出すのが、加藤克巳の歌。
長雨によみがへるいかりいんぱあるのくさむら中の骨の累積  加藤克巳

2017-10-15

続・暗香疎影。あるいは水の研究。


日記を読んで下さっている方々にひとつお知らせ。ええと、さいきんハマっている漢詩の試訳は、時間を見つけては少しずつ整えています。なので数日後にまた同じ記事にお越し下さったら、より読みやすくなっているかも、です。

「霜禽」について。中国の辞書をみると「白い鳥。殊に白鷺、白鴎」とあり、用例として林逋「山園小梅」が載っている。研究者の中には「白鶴でしょ?」と言う人も(林逋が梅&鶴LOVERSとして有名な男だから)。わたしはふだん俳句とあそんでいるので、林逋の詩をプレテクストにした芭蕉の「梅白し昨日や鶴を盗まれし」をさらにふまえ、鶴を避けてみた次第。

「暗香疎影」「清浅」について。「暗香疎影」といえば田能村竹田。でも構図のポップさゆえに尾形光琳の「白梅図」との関係の方が広く知られていると思う。この話、深入りするとかなり面倒なのでさっさと本題にゆくと、「白梅図」に描かれた浅瀬の流水文は馬遠(1160-1225)「十二水図」中の
「寒塘清浅」を意識しているらしいです。


なまめかしい画。男女の逢瀬って、こんな感じなんですね。ついでに書くと、北斎の描く波頭の様態も「十二水図」に見られる表現。



馬遠の人気というのは、もちろん画が良いからなのだけど、林逋のコンセプトを図像化したというのも少なからずあるはず。わたしは2羽の水鳥が素敵な「秋水回波」や「細浪漂々」がお気に入り。


2017-10-14

暗香疎影。

詩を訳してあそぶのに、あまり季節を気にしないことにする。
 山園小梅  林逋 

衆芳揺落独嬋妍 占尽風情向小園
疎影横斜水清浅 暗香浮動月黄昏
霜禽欲下先偸眼 粉蝶如知合断魂
幸有微吟可相狎 不須檀板共金樽

かぐわしい花々が散ったあと 一人あでやかに
おまえはこの小さな庭の風光をわがものにする
まばらな枝の影がよこたわる きよらかな浅瀬  
あえかな花の香をただよわす ほのあかき月光 
白鷺がおまえに乗りたくて さっと四方を盗み見ている
白蝶がおまえを知ったなら きっと途方に暮れるだろう
嬉しいことに 詩のささやきがおまえにはよく似合う
おまえを愛するのに 拍子木や酒樽など要りはしない

梅にまつわる詠物風の詩。梅と流水をめぐる「暗香疎影」の趣向は美術関係でよく親しまれており、また「清浅」も男女の情愛を暗示するものとしてしばしば画にされる。「風情」にも男女の愛の意がこめられているらしいので、今回は梅を「おまえ」と訳してみた。

ところでこの詩は長歌の形式で訳した方が良さそうだ(やってみてから気づいた)。これでは隠遁の情趣、淡遠清秀の風格が出ない。また機会を見つけて試してみよう。

林逋には林和靖という別名がある。それでわたしは、彼のことをずっと江戸時代の文人だと思っていた。この思いこみを是正する機会は無数にあったのだけど、誰がいつどこで生まれたのかなんて興味がないから、なかなか覚えられない(林逋は967年-1028年で、宋代の人です)。

わたしがこの詩を知ったのは『西遊記』の第9回で、きこりと漁師とがくりひろげるワンダフルな詞合戦(歌合戦)に「幸有微吟可相狎 不須檀板共金樽」の句が登場したのがきっかけだった。この詞合戦、蝶恋花・鷓鴣天・天仙子・西江月・望江仙、と詞の形式をどんどん変えて戦うんですけど、ちょっと古い岩波文庫の、小野忍の訳が最高に良くてしびれます。

2017-10-13

千夜一夜文庫


あの、聞いてください。きのう本屋さんで、千夜一夜文庫を5冊買おうとしたんです。合計で13€。ところが代金を払おうとすると、レジの女性が「ポイントカードが10€貯まっているから値引きしておくね」と言って、なんと3€しか使わず。さらにその上、いまちょうど千夜一夜文庫を2冊買うと文庫型手帖を1冊プレゼントするキャンペーン中だったらしく、2冊も手帖を貰ってしまいました。これってもう、タダで5冊手に入れたのと同じですよね。にゃーん。


さて。きのうの詩に珠簾という語が出てきた。珠簾といえば思い出すのが謝朓のこれ。
玉階怨  謝朓

夕殿下珠簾
流蛍飛復息
長夜縫羅衣
思君此何極

夕の宮殿 珠の簾を下ろせば
簾越しにながれる蛍火が 昂ぶってはふと鎮まる
秋の夜長 うすぎぬを縫えば
あなたへの思いが溢れて 溢れて止まらないのだ
正直、閨怨詩は苦手。ただこれは読み下しが簡単、知らない単語が出てこない、結句の「君を思うこと、ここに何ぞ極まらん」という響きがキャッチーなどの理由で、漢詩を読みだした最初期に覚えた作品でした。あと、蛍を描写するのに簾を下ろすといった演出はやはり手堅いな、とも思います。

2017-10-12

ビーズ製のロール式カーテン。


『枕草子』で有名な白楽天の対句に
遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き
香炉峰の雪は簾を撥(かか)げて看る
(遺愛寺鐘欹枕聴 香爐峰雪撥簾看)
というのがある。この「簾を撥げて看る」から思い出されるのが、
畫棟(がとう)朝に飛ぶ南浦の雲
珠簾(しゅれん)暮に捲く西山の雨
といった王勃の句。秋の詩である。
滕王閣  王勃

滕王高閣臨江渚 珮玉鳴鸞罷歌舞
畫棟朝飛南浦雲 珠簾暮捲西山雨
閑雲潭影日悠悠 物換星移幾度秋
閣中帝子今何在 檻外長江空自流

滕王の楼閣は川のほとりにあって
着飾った人々が帯玉を鳴らし
華やかな歌舞を愉しんだのは遠い昔のこと  
あのころは
彩られた棟木のあわいに 南浦の雲を見送る朝があり
玉のすだれを巻き上げて 西山の雨を眺める夕があった
雲はだまり 水はかげり そして日はゆったりとして
時はうつり 星はめぐり ここは幾度目の秋なのだろう
楼閣の王は いま どこにいるのか
欄干の向こうの川は心なく ただおのずから流れてゆく
英訳の「珠簾暮捲」で「夕暮れにビーズのカーテンをロールする」という表現を見たことがあるのだけれど、古代の贅を尽くした貴族の生活は、案外英語の方が感触を掴みやすいかもしれない、とそのとき思った。

王勃は26歳で亡くなった初唐の詩人。また滕王閣は中国古代文化のシンボル。黄鶴楼、岳陽楼と共に「江南三名楼」と言われるだけあって写真映りはなかなかだ。

2017-10-11

うりふたつのたましい


白楽天の詩には、まるで恋愛のように友情を描いた対句がいくつもある。たとえば、青年時代に華陽観で盧周諒と共に勉強した頃の光景。
燭を背けては、共に憐れむ深夜の月。
花を蹋(ふ)みては、同じく惜しむ少年の春。
(背燭共憐深夜月 蹋花同惜少年春)
あるいは友人の元稹に送った次のような詩の一節。
贈元稹(抄)    白居易

一為同心友 三及芳歲闌
花下鞍馬遊 雪中杯酒歓
衡門相逢迎 不具帯與冠
春風日高睡 秋月夜深看
不爲同登科 不為同署官
所合在方寸 心源無異端

ひとたび心を通わせてから
三度たけなわの春を迎えた
花の下 馬に鞍を乗せて遊びにゆき
雪の中 酒の盃を重ねて語りあった
粗末な家でもてなしあい
帯も冠もすべて脱ぎ捨て
風の吹く春は 日が高くなるまで共に眠り
月の照る秋は 飽きもせずに夜空を眺めた
これは
同じ登科だからではなく
同じ官職だからでもない
ただ二人の胸の奥にある
魂がそっくりだからだ
題名が「元稹に贈る」。まっすぐで、ドキドキする。だがこんな彼らも、地方官になってからは直接会うことが叶わず、手紙(詩)に互いへの気持ちを込め合うしかなくなるのだ。セ・ラ・ヴィ。この詩の言葉が力強いだけに、なおさら切ない。

2017-10-09

蓼の香り、ほのかな苦み


きのうの日記に、この秋は『白氏文集』でクールにきめると書いたばかりなのに、あのあと別の人の詩を訳してあそんでしまった。

  蓼花  陸游

十年詩酒客刀洲
每為名花乗燭遊
老作漁翁猶喜事
数枝紅蓼酔清秋

  蓼の花  陸游

刀洲での十年間は
詩と酒に夢中だった
毎夜 美しい花のために 
燭を費やし遊びほうけた
年老いた漁夫となった今も 
楽しむ気分は残っていて
紅い蓼をそっと噛んでは
清らかな秋に酔っている

これは文句なしに良い詩。老いて綺麗に枯れたとも読めるし、より風狂が深まった(なにしろ蓼を愛でているのだ)とも読めるところが面白い。名花は芸妓のことだけれど、字面どおり花としておきたい。

あと題名をそのまま「蓼の花」とした裏のなさもチャーミングで、しかも渋みがある。こういう詩に出会うと、蓼に酔う人に返句する連作をつくってみたくなったり、男性は充分に歳を取ってからが魅力的かもと思ったりする。

2017-10-08

清少納言のように。


なんでも俳句を書く人に俳句以外のことを聞く企画をはじめるとかはじめないとかで、今週の週刊俳句に「海鳥ダイアリー」というインタビュー記事を掲載していただきました。聞き手は岡田由季さんです。

休日らしい陽気。午前中は『白氏文集』所収の新楽府「上陽白髪人」の雑言句を邦訳して遊ぶ。なお後半の描写のおもむきから考えて、眠られぬ秋思の原因は恋とした。
秋夜 白居易

秋夜長
夜長無睡天不明
耿耿残燈背壁影
蕭蕭暗雨打窓声

秋の夜は長い
どれだけあなたを想い
眠らずにいても
いっこうに朝が来ない

残り火のせいだ 
壁に映るむなしい影は
夜の雨のせいだ
窓を叩くせつない音は
平易明白。これは受けそう。読めば読むほど、白居易が人気詩人だったわけがのみこめる。よし、この秋は『白氏文集』を傍らにおいてクールに過ごすことにきめたぞ。

2017-10-03

詩的な生活を反映したワインの香り



長崎のひとやすみ書店から「新聞のインタビュー記事、活用しています」と写真をいただく。ありがとうございます。

ひとやすみ書店の前には、巨大な本の形をした看板が立っている。ご主人はその看板に、日替わりでオススメ本を立てかけ、またその本から引いた一節をチョークで板書する。レストランみたいだ。(この板書にまつわるご主人のプチ・エッセイが、こちらに掲載されています。)

♣️

最近、白居易についての論文を読んでいるのだけれど、中国語なのでわからないことがいっぱいある。

とりあえず、ざっと判断できればよい事柄についてはグーグル翻訳にかけてみる。すると例えば「心の幽霊で彼の飛翔を表現。それは韻。ザ・彼の取材は、詩的な生活を反映したワインの香りで満たされています。」といった感じの大変わかりやすい奇文と遭遇でき、白居易に対するイメージが逆しまにしっかりしてくる(ような気がする)。

他に参考になった奇文は、

「酔った郷のトークは、問題だが、音楽もまた瞬間だ。」
「酔った喜びは、酔って一緒に飛んで飛んで、翼の生えたアンディは、"音楽の宵の断食の時代の世代の詩歌"と、言った。」

酩酊、音楽、飛翔。これが白居易のキーワードとなる(らしい)。

2017-10-01

スピカ終了。



スピカの9月月間日記「かたちと暮らす」終了。原稿の締め切りはかなり前のことだったので、今あらためて言うのは妙な感じなのですが、とても楽しかったです。

そういえば、スピカにエログロのことを書いた日があったのですが、このストックホルム近代美術館は、水墨画コレクションが充実していました。

東洋美術の展示室に入ると、壁一面にスライド式の大きな展示ガラスが本の背表紙みたいに埋まっていて、それを自分で勝手に引き出して眺める風になっているんですよ。LPのジャケットをぱたぱたチェックするみたいに作品を漁ってゆけるのでとても便利。売店に八大山人の絵葉書がいっぱいあったのも、良かった。