2017-07-31

蝶の詞華集



佐藤りえ著『蝶の書』は2,8㎝×2㎝×1㎝の寸法から成る、ぽっぺん堂の豆本。蝶にまつわる言葉を採集したアンソロジーです(現在、東京堂書店神保町店豆本コーナーにて販売中)。こちらもそうでしたが、あいかわらず美しい。

春のてふ大盃を又なめよ  一茶

巻頭作品はこれ。いいですねえ。かっこいい。これを巻頭にもってくるセンスは、やはり短詩に精通している人ならではのもの。こういうアンソロジーって、なかなかないです。


で、そのあと朔太郎、透谷、ルナール、中也、と詞華はつづくのですが、りえさん曰く、本当に好きな詩はまだ著作権が切れていなくて収録できなかった、残念!とのこと。なのでもしかすると、あと数年したら、本書の第二集が出るかもしれません。楽しみ。

蝶飛ブヤアダムモイヴモ裸也  子規

2017-07-30

金原まさ子さんのお花



今週の週刊俳句は「追悼・金原まさ子」。わたしも小文を寄稿した。自分が書くなんてあまりに場違いなんじゃないかと心苦しく思いつつ、先日の「祝う会」で、まさ子さんの娘さんから届いた〈最後の花〉の写真を掲載してもらうことに。

実はこの花、とんでもないエピソードがある。当日の夜、2次会も無事終わって「さあ帰ろう」という段になったとき、誰かが急に思い出したように、

「そういえば、金原さんのお花の写真を撮った人っている……?」

と口にした。すると、あろうことかその場にいた関係者全員が「あ、忘れてた!」と言い出すではないか。この会を催すにあたっては「主催者側による動画や写真の撮影は無しで。記録を残したくない」というのが私の強い希望で、運営に記録係が存在しなかったのがどうやら致命的だったようだ。

どうしよう、いや、つべこべ言っていないで今から撮らねば!ということになり、皆で周辺を歩き回ってまだ開いている店を探しはじめるが、時はもうすぐ真夜中、どこにも見つからない。結局、わたしの宿泊していた部屋に近恵さんと佐藤りえさんとがいらしてくれ、急遽リビングを片付けて撮影会に。ふう。危うく舌を噛み切るところだった。

現在幸いにも、大井恒行さんのブログに会場の花の様子が一枚存在している。もしかすると、どこかのSNSで当日の花の画像を見た方がいるかもしれない。あるいは「わたしは撮ったよ」という方が。もしもそんな方がいらしたら、まさ子さんのご家族にお知らせいただけると大変ありがたく存じます。

2017-07-29

批評とヌンチャク少女


つい先日、福田若之さんが書いてくれた批評「〈フラワーズ‐カンフー‐すること〉あるいはアマチュアとして書くこと」(前篇後篇)では、のっけから「アマチュア」というロラン・バルトのテクニカル・タームが使用されています。

パルトの語る「アマチュア」の定義はとても魅力的で、この定義をより詳しく説明する文章をネット上でさがしていたところ、こんなのが出てきました(静岡大学人文論集所収の安永愛「ロラン・バルトと音楽のユートピア」はネットでダウンロード可能です)。

で、ですね、この批評の面白い点は、福田さんもまた「アマチュア」を実践しようとしているところにあると思うんです。〈書く行為〉に触れるときの痺れるような官能。次から次へと押し寄せる〈想起の波〉にのまれ、抗えずに流されてゆく快楽。そして流されつつも、彼の愛する者が存在する岸辺へと強引に手をかけようとする野蛮。言うなれば、この文章における福田さんの挙措は浅田彰の言うところの「孤独な〈蛮人〉」そのもの、という訳です。

最後にしょうもない余談。ええとわたし、無知蒙米著『ヌンチャク少女ミサキ』は、かつて実際に所有していました(この作家の名は「蒙昧」じゃなく「蒙米」です。ごめんなさい)。A4片面で960頁くらいの小説。超のつく名作なんだけど、あまりにかさばるから、いつでもダウンロードできるしと思って処分しちゃったんですよ。本当に後悔してる。ああ、もう一度読みたい。

2017-07-28

お祝いの会、吟行句会、授賞式雑感を、


むりやり書いてみる。句会については、何も思い出せないくらい、まじキツかったです。時間を意識するとか、他人と向かい合って座るとか、そもそも人前に出るとか、そういったことが自分は本当に苦手。


【お祝いの会】
はじめましての挨拶に忙殺されて、誰とも話さなかった気分。
若い方がいっぱいで、きらきらしていて、すごくどきどきする。あまりにどきどきしすぎて、お名前を覚えられなかったこと、どうか許してください。
イラストレーターのしおたまこさんを、みなさんに紹介できて嬉しい。
鰹のたたきを食べたのはたぶん20年ぶり。来年も食べたい。
件の行商生活についての質問をなんどもされる。こちらに全部書いてあります。ほんと、たまに気の向いた時にメールを出すだけなのです(日本とフランスは一万キロ離れているので、他にできることがない)。
インテリア雑誌から漢詩の世界へジャンプした経緯を、ポルノ雑誌を例に出しつつ解説。
李賀を読むのに沢木耕太郎『深夜特急』から入るのはとても良いセンス。
ご自宅の浴槽は猫脚ですか?と、想定外の質問。
みなさんにお世話になりっぱなしで、本当に心苦しく、せめて物珍しいものでも見て頂こうと思い、2次会終了後ほんの数名の方を宿にご案内して、わたしの同居人をご覧に入れる。

【吟行句会・授賞式】
自分が「吟行」ならびに「句会」という言葉の意味をよくわかっていなかったことが判明する。とりあえず、わたしの句会経験を教えてくれるブログがあったことを後日思い出してチェック。
句会の時、紙を2枚渡されて、参加者の名前その他を書き込むように言われるが、初めてのことゆえ勝手が呑み込めない。しばらく途方に暮れていたら、ふらんす堂の山岡喜美子社長が横から覗き込んで、そのつど書き込む内容を教えてくれる。
祝賀会の挨拶で、福田若之さんがパフォーマーになる。
親友の入交佐妃さんと西原天気さんのカメラが兄弟だった。
みなさんにお世話になりっぱなしで、本当に心苦しく、せめて物珍しいものでも見て頂こうと思い、2次会終了後またもや数名の方を宿にご案内して、わたしの同居人をご覧に入れる。

2017-07-26

建築、飛翔、砂漠



2017-07-17

蓮のふしぎ


蓮ゆれて来て大粒の雨となる  岸風三楼

ついさっき帰宅するなり同居人に教えられた句。なんでも今日、蓮についてネットで調べていた折に見つけ、まさに写生句だと思ったとのこと(同居人が写生句という言葉を知っているのはわたしの教育の賜物)。

同居人いわく「蓮の葉は、Superhydrophobicity(超疎水性)という性質を持つ。これは、蓮の葉の表面のミクロなスケールでの構造(”毛"の生えた10ミクロン程度の突起に表面が覆われている)によりもたらされる。この超疎水性により、雨粒は葉を濡らすことなく玉となって転がる。また、こうして転がる水滴が葉の表面のダストを吸着するため、蓮には自浄作用がある。この作用を Lotus effect (ロータス効果)と言う」うんぬん。

蓮の葉の性質は、撥水加工の商品の原理にもなっています。実際に大粒の雨ができるまでを観察してみると、なかなかおもしろいです。


2017-07-16

「フラスコワークの実験室」終了



B&Bで開催された関悦史さんとのトークイベント、盛況のうちに終わりました。皆さん、本当にありがとうございました。

トーク中は、うまく話せなくて少々申し訳ない気持ちでした。いちおう句集づくりで愉しかったこととして、福田若之さんと柳本々々さんから制作中に頂いた有益なアドヴァイスが沢山あったので、その話をご紹介しようと準備してはいたのですが、あまり触れられなかったのが心残りです(機会を見つけてブログに書ければ、と思います)。いっぽう関さんは、俳句について興味深いワンフレーズを次々即興で繰り出していて、うーんすごいなと思いつつ横で拝聴。

サイン会のとき「小津さんのイメージで花を選びました」と花束の包み紙を頂戴しました。宿舎に戻って開いてみると、中からサンゴパインが。部屋の涼しいところに置くと、ますます真夏のイメージに。

周囲の方々に感謝しどおしの一日でした。

2017-07-12

【ご案内】小津夜景『フラワーズ・カンフー』を祝う会


来たる7月22日(土)、周囲の方々のご厚意により拙著『フラワーズ・カンフー』の刊行ならびに第八回田中裕明賞受賞を祝う小宴が開催される運びとなりました。

会場の収容人数にまだ若干の余裕があるということで、本日ブログで広く告知いたします。参加を希望される方は、幹事の太田うさぎさんまでご連絡
jwoufsf@gmail.comくださいませ。定員に達した時点で締め切りとなります。

実はまだフラカン現物を見たことがないけれどなんとなく興味がある、といった方も大歓迎です。


【小津夜景『フラワーズ・カンフー』を祝う会】
日時 2017年7月22日(土) 17:30開場 18:00開始
場所 ピッツァサルヴァトーレクオモ四谷
JR四ツ谷駅四ツ谷口徒歩約3分、東京メトロ四ツ谷駅3番出口徒歩約3分
新宿区四谷1-24 三井ガーデンホテル四谷1F  03-3355-7765
会費 6,000円(学生4,000円)

〔発起人〕上田信治 岡野泰輔 西原天気 佐藤りえ 関悦史 鴇田智哉 福田若之 宮本佳世乃 柳本々々
〔幹 事〕太田うさぎ 近恵

会場地図はこちら

2017-07-11

トーク&ライヴのお知らせ


7月15日土曜日のトークイベントが、ついに4日後に迫りました。楽しい会にできたら嬉しいです。あと、聞くところによると会場のB&Bはわりと見つけにくい場所にあるそう。わたしも辿りつけるかどきどきしています。

胴部は肛門の位置まで月五千円でレンタル  関悦史

2017-07-10

ささやかな休息



豆本のぽっぺん堂から刊行された佐藤りえ間奏歌集「What I meant to say」はたいへん素晴らしい造本。繊細なのに頑丈で、がしがし読んでも平気です。著者撮影の写真も入っており、ひさびさに言うことなしの歌集でした。


収録歌も大人の味わいで、一粒一粒がほんのりと香り高い。


今日忘れ明日忘れる船の名をホテイアオイに水澄むわけを
置いて来た石の丸さやなめらかさ語りあいつつもう沖合へ
ネルシャツを一枚減らす 虫食いの辞書を荷物に加えるために
  佐藤りえ

文字通りインテルメッツォ感覚溢れる、余裕ある作者の技芸。ページを繰りつつ身をまかせていると、とてもリラックスできます。

2017-07-07

選考会というアトリエ



ふらんす堂から田中裕明賞選考会の冊子が届きました。

受賞以後、メールで俳人以外の方とやりとりしていると、それはもう沢山の方から直接「俳句ってのは自由ですねえ」とか「フラカンみたいな本が賞を獲るなんて、うちの業界では考えられません」とか「短歌の章があるのに句集の賞!」とか「俳壇、まじ寛容だな!」などと言われます。言われる方は、もちろん軽い冗談だと分かってはいるのですけど、でも多少は本心も混じっているのが伝わってくるので「ふうん。ここは懐の深い、個人の資質を驚くほど大切にする業界だったんだ。ぽわーん…」と幸せな気分に。これをひとことで言うと

蝸牛ぽーとほほえみわたるかな  岩尾美義

って感じでしょうか。

なによりも嬉しいのは、俳人以外の皆さんがお祝いを仰るとき、かならず俳壇を褒めてくださること。おそらく裕明賞受賞者の中では、ダントツで俳壇を褒めさせているはずです。てへ。

で、その俳壇ですが、わたしにはほとんど未知の領域。唯一知っている田中裕明賞について個人的感想を述べると、この賞は審査する側が権威としてふるまったり、あるいは審査される側が旧来の価値観を打倒(あるいは追随)したり、といった通俗的&大衆迎合的な色彩が薄く、むしろ審査する側&される側双方のコラボレーションによって俳句のポテンシャルを広く組み替えてゆく作業場的な印象を受けます。自分にも居場所があったのは、そういった、選考現場に存在する〈アトリエ的雰囲気〉ゆえなのかしらと思ったりも。

2017-07-04

生まれた日のこと。



あの、とつぜん変な話をしますが、ずっと会いたかった人と会って、涙が溢れたことってあるでしょうか?

自分はこの手のことに関してかなり残念な性格で、おしなべて人間への思い入れが薄く、今までそういった経験がなかったんですけど、今日このわたしに図らずもそれが起こったんです。

びっくり。

で、どうしてそんなことが起こったんだろうと少し考えてみたところ、なんと「いろいろ思うことがある程度に、この人(小津のこと)も長く生きてきた」ってことが判明しました。

あと、わたしのような野良俳人も決して木の股から生まれてきたわけでなく、先人の影響あってここに存在するわけでありますが、どうやらわたしは今日会った人のことを「わたしを生んでくれた人」のように思っていたみたいです。この人がいなかったら、自分は生まれる前に死んでいったのだろうな、と。

わたくしといふわたくしをひとりづつたたきおこして生涯終はる  小池純代