2017-12-01


● 句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)が刊行されました。
● 本の紹介&主な取扱書店のリストは>>こちら
● このブログ以外のあれこれ(2017〜)は>>こちら

2017-11-21

幸田文の俳句


漢詩というのはオノマトペがやたら好きです。特に畳字が多く、訳すのがむずかしい。とりあえず可愛かったらオッケー?という感じでやっています。

  秋声  余林塘

黄葉颼颼風瑟瑟 悲蟬咽咽雨淋淋
不知窓外梧桐上 攪碎愁人幾寸心

秋の声  余林塘

葉はかさかさと舞い 
風はさわさわと鳴り

蟬はじーんと悲しそうで
雨はしとしと寂しそうで

それらが なんでまた窓の外の
あおぎりの木をいっぺんに見舞って
人の愁いをかき乱そうとするのか

詩は柏木如水『訳注聯珠詩格』より引用。余林塘(よりんとう)の略歴は未詳。で、ですね、この詩の「黄葉颼颼/風瑟瑟/悲蟬咽咽/雨淋淋」の形から一瞬にして思い出すのが、

風そより山吹ほろり水しょろり  幸田文

こちら。幸田文は俳句を全くやらないそうで、確かにこの句、俳人の書くそれではないですよね。とはいえ素人の句かというと露ほどもそうじゃない。なんというか、親の漢籍の教養が子に口伝されたとしか言いようのない句。あるいは世間話のときなんかに、漢詩の超訳をひょいとやってみせる粋な大人が周りに多かったんだろうな、って雰囲気の。

2017-11-20

文学フリマ東京のお知らせ


11月23日の文フリ東京。週刊俳句(F-52)ならびに庫内灯(G-12)のブースに参加しています。

♣︎ 週刊俳句(F-52)♣︎
「蒸しプリン会議 秋冬号」に「ウォータークロゼット」を寄稿。判型はB7判(てのひらサイズ)と小型ながら、プロのデザインによる可愛い本に仕上がりました(って実はまだ現物が存在しないのですけど)。造本は会議メンバーによる手作業。あ、こちらのブースには『フラワーズ・カンフー』もあります。

♣︎ 庫内灯(G-12)♣︎
BL俳句誌「庫内灯 3」に「ボーン・イン・ザ・冥土」その他を寄稿。今回のテーマは越境・海外俳句。俳句の執筆者は9名。上海→満州→モンゴル→台湾→ベトナム→バンコク→ドゥブロヴニク→フランス→冥土、と越境の旅を繰り広げます。

♣︎ 第二十五回文学フリマ東京 ♣︎
開催日  2017年11月23日(木祝)
開催時間  11:00~17:00予定
会場 東京流通センター 第二展示場
アクセス  東京モノレール「流通センター駅」徒歩1分

2017-11-19

一字句と一字詩


加藤郁乎に「一満月一韃靼の一楕円」という句がありますが、彼の風狂好みを考えると、たぶんこれ一字詩から来ていると思うんですよ。「一満月一韃靼」は辺塞詩そのまんまの情景ですし。

そのまんまといえば飯田龍太「一月の川一月の谷の中」も山水詩の情景の範疇にありますが、こちらにある鑑賞文の手つきから想像するに、漢詩との比較においてうんぬんする人は少ないのかもしれません。

  秋江独釣図  王士禎

一蓑一笠一扁舟 一丈糸綸一寸鉤
一曲高歌一樽酒 一人独釣一江秋

  秋の川でひとり釣りをするの図  王士禎

蓑一つ
笠一枚
舟一葉。
糸一巻きに
鉤一本。
一曲を吟ずるに
酒一樽。
一人釣りする
一すじの川、
秋。

王士禎(おうしてい、1634年-1711年)は清の詩人。この人はなんというか還元主義的情緒の詩を書く人で、上の詩もミニマリズムの世界。この形式の詩は相当古くからあるらしく、唐の詩人たちの作品も色々と残っています。以下に引くのは唐詩ではなく、わたし自身が一字詩を知るきっかけとなった作品。

  十一字詩   何佩玉

一花一柳一漁磯  花一つ柳一もと一つ浜
一抹斜陽一鳥飛  一きわ赤き夕焼に飛ぶ鳥一羽
一山一水一禪寺  川一すぢ一つ山のべ寺一つ
一林黃葉一僧歸  一むらもみぢ 僧一人帰りゆく見ゆ
   (那珂秀穂・訳『支那歴朝 閨秀詩集』より)

何佩玉(かはいぎょく)も清の詩人。安徽省の知事何乗堂の三女。乗堂の娘たちは「何氏三姉妹」として当時の文壇でも有名だったようです。中国のサイトでは、この作品は「十一字詩」ではなく「黄昏」という題で紹介されていました。ゆったりとした、それでいて奇趣を好む、文字どおりの才女ぶりが魅力的。

2017-11-18

片足の鳥のこと


さいきん刊行された『原民喜童話集』のことを考えていて、子供の頃、佐藤敏直のタイトルの雰囲気が好きだったことを思い出した。「ちいさなパレット」ではなく、好みだったのは和楽器による、このあたり。
・片足鳥居の映像(1971)
・鳩のいる風景 ~二本の尺八のために~(1974)
・群青 ~三面の十七絃のための~(1981)
・灰色の風のデッサン(1978)
・糸のためのコンチェルト(1983)
「片足鳥居の映像」は、なんて詩的なタイトルなのだろうと大切に思っていて、それが原爆と関係していることに気がついたのは大人になってからだった。

2017-11-17

谷は静かに霞んでまだなにも見えない


謝霊運(しゃれいうん、385年-433年)は魏晋南北朝時代を代表する詩人。山水を詠じた詩が名高く「山水詩」の祖とされています。4世紀生まれだなんて、ほんとに昔の人ですね。

  從斤竹澗越嶺溪行  謝霊運

猿鳴誠知曙 穀幽光未顯 巌下雲方合 花上露猶泫
逶迤傍隈隩 苕逓陟陘峴 過澗既厲急 登桟亦陵緬
川渚屢徑複 乗流翫回転 蘋萍泛沉深 菰蒲冒清浅
企石挹飛泉 攀林摘葉巻 想見山阿人 薜蘿若在眼 
握蘭勤徒結 折麻心莫展 情用賞為美 事昧竟誰弁 
観此遺物慮 一悟得所遣


斤竹澗より峰を越えて谷川をゆく  謝霊運  

猿が鳴き 夜明けがやってきたけれど
谷は静かに霞んでまだなにも見えない
岩の下では雲が重なりあい
花の上には露が滴っている
くねくねと奥まった道に添い
とびとびに険しい谷を越え
服を着たまま谷川をわたり
桟道をのぼって遠くの山の上に出る
川のほとりを行きつ戻りつ
渦巻く流れとたわむれれば
浮草はゆれながら淵にしずみ
まこもやがまは瀬にきよらか
石の上につま先立ちして湧き水を汲み
木の枝を引きよせて若い葉を摘みとる
それから山で修行する人のすがたを
その葛の衣までありありと思い描いたり
蘭草を握りしめ 贈る人もいないのに
心をこめて無駄に結んでみたり
麻を折り やはり贈る人がいないので
胸をしゅんとしぼませたりする
情というのは悟りによって
きれいに消えてゆくらしいけれど
それは誰にでもできることじゃない
ただこの美しい景色が憂いを忘れさせ
なんだか無心の境地に近づけるのは本当だ

謝霊運は「仏教の聖性」と「文学の美」との融合を最初にやってみせた人としても知られているようです。原詩の「情」「賞」「美」の解釈については佐竹保子氏の研究を参考にしました。

2017-11-16

漱石の漢詩


英国留学の直前、大志と惜別とのはざまにいる夏目漱石が正岡子規を思いながら作った律詩。

  無題  夏目漱石

君病風流謝俗紛 吾愚牢落失鴻群
磨甎未徹古人句 嘔血始看才子文
陌柳映衣征意動 舘燈照鬢客愁分
詩成投筆蹣跚起 此去西天多白雲

  無題  夏目漱石

君は病気のせいで
風流にも世間を離れている
私は愚かさゆえに
むなしく友と離れてしまう

私が瓦を磨く調子で
書物の中をさまよっている時も
君は血を吐きながら
そんな美しい花を咲かせている

道の柳が衣に触れれば
旅への思いがうごきだすし
宴の灯が鬢を照らせば
別れの愁いがあらわになる

詩ができて
筆を置いて 
私はふらりと立ち上がる
さあゆこう 
西の空にも
きっと白い雲はあるのだ

この詩も短歌連作にできそうな雰囲気。「柳」は昔、旅立つ人に柳の枝を折って贈った中国の風習を踏まえています。「西天」は西洋の空のこと。

それはそうと第四句の訳が不安です。「嘔血」が子規の病気ではなく「血を吐くほどの努力」の意だとすると訳の流れも変わってきます。家にある辞典に従うとこれで良さそうなのですが、何冊か漱石関係の本を見てみたい(漢詩は異訳が多いので)。図書館がないというのは不便です。

2017-11-15

リズムを変えて


今日はリクエストをいただいたので、李賀「贈陳商」を訳すといった暴挙に出ます。

リクエスト理由は残念ながら不明。でもアストロ球団の「花の都に男子あり 二十歳にしてはや心朽ちたり すでにして道ふさがる 何ぞ白髪を待たん!!」の原詩が読みたいという理由だったら、と思うとドキドキします。

  贈陳商(陳商に贈る)  李賀

長安有男児  長安の都に男(を)の子ありにけり
二十心已朽  はやも朽ちたる二十歳の心
楞伽推案前  机には涅槃の経のうづたかく
楚辞繋肘後  いつでも楚辞は肌身離さず 
人生有窮拙  人生をややこしくする三叉路か
日暮聊飲酒  日も暮れ方の酒をいささか 
祗今道已塞  どの道をゆけど塞がる音のして  
何必須白首  いつのまにやら白髪頭に 

淒淒陳述聖  わかものは才を抱きて愁ひ顔
披褐鉏爼豆  襤褸をまとひて礼楽を為す
学為堯舜文  古き詩が骨の髄から大好きで
時人責垂偶  今の流行りは浮かれた破調
柴門車轍凍  ひつそりと轍凍てつく門の前
日下楡影痩  楡の影絵もいよいよ痩せて
黄昏訪我来  黄昏に君は訪ねてくれたけど
苦節青陽皺  若き額に苦節の皺が

太華五千仭  真夜中の目にも聳ゆる太華山
劈地抽森秀  鬼神(ディオニソス)的香の厳かに
旁苦無寸尋  あたりには脱俗の気の漂ひて
一上戛牛斗  彦星までも登りつめたり 
公卿縦不憐  世の中にもつと騒いで欲しいかも
寧能鎖吾口  我のみが知るただならぬ詩を
李生師太華  太華山さう君のこと呼んでみる
大坐看白昼  あぐらで天を眺めるごとく

逢霜作樸樕  霜にあふ木々は小さく縮こまり
得気為春柳  春の柳はゆらゆら揺れて
礼節乃相去  礼節の固き誓ひはどこへやら
顦顇如芻狗  藁の犬にも劣るいでたち
風雪直斎壇  風雪の夜の祭壇に宿直(とのゐ)して
墨組貫銅綬  腰に佩(お)びたる銅印墨綬
臣妾気態間  官吏みな腰を屈めておづおづと
唯欲承箕帚  掃除の役を給はらむとす

天眼何時開  蒼天の瞳はいつか開くのか
古剣庸一吼  古き剣(つるぎ)はいつ吠えるのか

昔、小池純代さんが李賀の独吟聯句を日本の連句風に訳していたのを読んだことがあるのですが、それがとても良かったので、自分も575/77のリフレインでやってみました。

2017-11-14

猫と暮らす


中国において、ごく身近な対象として猫が詠まれるようになったのは宋代以降のこと。下の詩の他、陸游『猫を贈る』などがポピュラーです。

  祭猫  梅堯臣

自有五白猫 鼠不侵我書 今朝五白死 祭与飯与魚  
送之于中河 呪爾非爾疎 昔爾齧一鼠 銜鳴遶庭除  
欲使衆鼠驚 意将清我廬 一従登舟来 舟中同屋居 
糗糧雖甚薄 免食漏窃餘 此実爾有勤 有勤勝雞猪
世人重駆駕 謂不如馬驢 已矣莫復論 為爾聊欷歔 

猫を祭る  梅堯臣

五つの白い斑のある猫を飼いはじめてから 
鼠がわたしの本を食い荒らさなくなった  
今朝その五白が死んだので
飯と魚を供えて弔いとした 
なきがらを川に流し
見送りつつ経を唱えたが
これはおまえを粗末に扱ったわけじゃない
そういや昔
おまえは一匹の鼠にかじりついたかと思うと 
それをくわえたまま庭を鳴いてまわり
ほかの鼠たちを驚かそうとした 
あれはわたしのボロ家を守ろうとしていたのだ
ひとたび舟に乗り込んでからの日々は 
ずっとおまえと一緒の部屋で過ごしてきた 
食糧はとぼしかったが 
鼠の残飯を食わずにすんだのは 
実におまえの働きのおかげだった
そのまめまめしさはトリやブタにまさる
世間はモノやヒトをはこべることから   
ウマやロバにかなうものはないとも言うが   
ああ そろそろ一人語りはやめよう 
おまえのために 少しだけ泣かせてくれ

梅堯臣(ばいぎょうしん、1002年-1060年)は中国・北宋中期の詩人。蘇軾とならんで、平淡を旨とした素敵な詩が多くあります。この辺の詩は唐代よりもリアルな生活に近く、お酒よりお茶を気分的に好み、クールに枯れて、いい感じ。

五白(ウーパイ)という愛称について。白い斑のある猫は鼠をたくさん獲ると中国で信じられてきました。どこに斑があっても構わないものの、あえてイコン的にいうと、脚四本と口周りとが白い猫のことみたいです。

2017-11-05

落花情あれども流水意無し


11月3日の詩に関して「雪月花って花鳥風月と同じ意味だと思ってた。まさかあんなシチュエーションだったとは!」という感想をいただく。

また別の方から「雪月花にはなぜ夏の風物が欠けているのか?」という質問も。直感で答えますと(わたしに訊くということは定説を知りたい訳ではないと判断)、ここは「朝も昼も夜も、いつでも君を思う」と伝えたいところをそれでは芸がないので雪(の朝)、月(の夜)、花(の昼)とひねったのだろうと。この、直球を装いつつさりげなく婉曲(遠慮)を挟む所作が、恋文的には最高の意匠のような気もします。


  過元家履信宅  白居易

鶏犬喪家分散後  林園失主寂寥時
落花不語空辞樹  流水無情自入池
風蕩醼船初破漏  雨淋歌閣欲傾欹
前庭後院傷心事  唯是春風秋月知

  履信にあった元稹の家で  白居易

家を失った鶏犬が
どこかに散ったあと
君を喪った林園が
さびしく残っている

散り急ぐ花はその声を押し殺して 
むなしく樹の枝を離れ
流れる水は何事もなかったかのように 
淡々と池に注いでいる

あの日の屋形船は
風に揺れ 破れ 水びたしの姿をさらし
歌い遊んだ高殿は
雨に打たれ 朽ち かろうじて立っている

前庭 後院 どこを見ても 
悲しみをそそらぬものはない
このありさまを知るのが
今やただ春の風と秋の月のみだということも

元稹は53歳で亡くなりました。その3年後、63歳の白居易が、洛陽履信里にあった元稹の旧宅を訪れたときの詩。

2017-11-04

現代詩食堂



少し前の話ですが「現代詩手帖」10月号刊行記念のフリーペーパー「現代詩食堂」に、須藤岳史さんが『フラワーズ・カンフー』を「食の本」としてご紹介くださいました。今朝ポストにそのフリーペーパーが届いていたので、お茶を飲みつつ拝見した次第。

あと、最近巻き終わった歌仙がこちら(♣️)に。楽しい解説つき。

2017-11-03

雪月花の時、最も君を思う



佐藤りえさんの『夢の船底』がハンドメイド大賞2017 の「ギフト部門」最終ノミネート候補作品になっているもよう。twitter投票は11/7まで。りえさん、11月12日のデザインフェスタにも出店するんですね。この夏の展覧会にはなかった作品もあるみたいで、見に行ける方、いいなって思います。


♣️ ♣️ ♣️ ♣️ ♣️ ♣️ ♣️

白楽天の用いた有名な言い回しに「雪月花」というのがありますが、このコンセプトもまた友人を想う詩の中に出てきます。

  寄殷協律  白居易

五歳優游同過日 一朝消散似浮雲
琴詩酒伴皆抛我 雪月花時最憶君
幾度聴鶏歌白日 亦曾騎馬詠紅裙 
呉娘暮雨蕭蕭曲 自別江南更不聞  


  殷協律(いんきょうりつ)に寄す  白居易

のんびりと 
心のままに過ごした五年の歳月は
ある朝 浮き雲のような終わりを迎えた
琴を奏で 詩を吟じ 酒を酌み交わした友は
皆わたしのもとを去っていったが
雪の朝 月の夜 花の昼と季節がめぐるごとに
誰よりも思い出すのは君のことだ
何度一緒に「黄鷄」を聴き「白日」を歌ったことか
馬にまたがる紅裾の美人を共に詠じたこともあった
呉二娘の「暮雨蕭蕭」という曲は
江南で君と別れて以来一度も聞いていない

協律郎(音楽を司る役人)だった殷という部下に向けて書いた詩。いかがですか? わたしは少しつらいです。なんかね、どうもわたしは、白居易がこういう詩を元稹以外の人に宛てて書くのが嫌みたい(きのうの詩もそう)。もちろん白居易と元稹との仲が他とは違う特別なものだってことは、二人の唱和を読めばわかるんです。でも、

琴詩酒(きんししゅ)の伴、皆我を抛(なげう)ち 
雪月花(せつげつか)の時、最も君を憶(おも)ふ

この対句、どう考えても印象的すぎますよね(と、誰にともなく同意を求める)。わたしが元稹だったら「雪月花みたいな素敵な言葉を思いついた時は、まずはわたしのために使って。そのあとは、誰に何を書いてもいいから」って絶対に思うはず。蕪村も義経と弁慶との関係を

雪月花つゐに三世の契りかな  与謝蕪村

と詠んでますし、やはり誰が聞いても心揺さぶられる響きなんですよこの言い回し。駄目押しでぐっと来る(それでいて表面はさらりとした)のをもうひとつ。

面影も絶えにし跡もうつり香も月雪花にのこる頃かな  土御門院

2017-11-02

少年の春・短歌ヴァージョン


先日の散文訳に続き、本日は短歌8首による試訳。超訳でなく、あくまで原詩に沿った形で。

  春中、盧周諒と華陽観で同居する  白居易

性情懶慢好相親
生まれつきものぐさ同士気があつた都はづれの華陽観にて
門巷蕭條称作隣
門前のものさびしくてなほのこと親しみあへり風のまにまに
背燭共憐深夜月
ともし火をぐいとそむけてあひみての今ぞ臥し待つまよなかの月
蹋花同惜少年春
花影をかたみにふめば相惜しむ逢瀬にも似てわかものの春
杏壇住僻雖宜病
あんず咲く鄙の住まひは平穏でヴァカンス気分持て余したり
芸閣官微不救貧
ペンをもて世渡る身とはなるなかれこの貧しさはどうにもならぬ
文行如君尚憔悴
君はかくも痩せ果てている うるはしき器に水はあふれやまねど
不知霄漢待何人
ひむかしの風に吹かれて思ふなり天はいかなるひとを待つらむ

2017-11-01

「川柳スパイラル」創刊



「川柳スパイラル」が創刊されました。

といっても、まだ雑誌を手にとっていないんですよね。川柳スープレックスその他でお世話になっている飯島・川合・柳本の三氏、書評を書かせてもらったことのある小池・兵頭の二氏、そして相棒の入交佐妃が関わる雑誌なので、読むのを楽しみにしているんですけど。


「川柳スパイラル」創刊号目次

1  巻頭写真 入交佐妃
3  創刊のご挨拶・渦の生成 小池正博
6  同人作品 Spiral Wave
18  おしまい日記 第一回 柳本々々×安福望
23  いかに句を作るか 第一話 川合大祐
27  現代川柳入門以前 小池正博
31  小遊星 飯島章友×小津夜景
35  会員作品 Plastic Wave
41  現代川柳あれこれ Biotope 小池正博
47  投句規定・合評句会案内
48  妄読ノススメ 兵頭全郎
50  第一回東京句会
52  編集後記

実はこの創刊号、小津のインタビューも掲載されています(ありがとうございます)。対話という形式をつかった〈作品〉ではなく、ふつうに生の声(ってなんだ? 本当にそんな声が可能なのか? とは聞かないでくださいね。てへ。)でお喋りした記事です。興味のある方は編集発行人の小池正博氏までお問い合わせください。

2017-10-31

おばけのおはなし



万聖節直前なので、いろんな場所でかぼちゃのお化けを見る。かぼちゃ以外では柿もシブいオレンジ色ゆえか、地味に活躍しているもよう。

  戦城南  楽府古辞

戦城南 死郭北 
野死不葬烏可食
為我謂烏 且為客豪 
野死諒不葬 腐肉安能去子逃
水声激激 蒲葦冥冥
梟騎戦闘死 駑馬徘徊鳴
梁築室 何以南 何以北
禾黍不獲君何食 願為忠臣安可得
思子良臣 良臣誠可思
朝行出攻 暮不夜帰

  戦城南  楽府古辞

城壁の南で戦って
城郭の北で死んだ
のたれ死んだわたしを
カラスが喰らいにやってきた
わたしの代わりにカラスに言ってくれ
黄泉の旅へ出るわたしのために
しばらくのあいだ啼いてほしいと
野に倒れた者は弔いと無縁 
あせらずともこの腐った肉は
おまえの前から消えたりしないと

水の音はごうごうと鳴り
蒲や蘆はうっそうと繁る
勇ましい騎兵は戦い抜いて死に
のろまな馬は生きながらにしてさまよう

ああ 一国を築くために
なぜ北や南をさすらわなければならないのか
穀物をとりいれる民もいなくて
王よ あなたはなにを食べるもりなのか
いったいこのありさまを
民が国に尽くすことだとほんとうに思うのか
王よ よく考えてみるがいい
あなたの民たちが腹の底で考えていることを
朝 門を出 敵陣に攻め入ってゆく兵士たちが
日が暮れ 夜になっても 誰ひとり戻らないことを

楽府(がふ)は漢詩の一形式。もともとは前漢の時、民間歌謡の採集のため設立された音楽官署の名前だったのが、ここで集められた歌謡それ自体を指すようになった。上は死者の口を借りて戦争を呪う詩。鼓吹曲のリズムが変わる(らしい)ところで一行あけた。

2017-10-30

辺境のくだもの


曹丕(魏の初代皇帝)が趣味人気質なのは有名な話ですが、この人は変な詔を出していることでも知られており、『全三国文』巻六魏六をひらいてみると、群臣への詔として蜜柑(橘)の詔、梨の詔、ライチの詔、孟達の蜀の肉料理レシピの詔などが載っています。それ以外にも、たとえば下は曹丕による葡萄評(詩ではありません)。

夏はじめから秋にかけ、なおも暑さの残るころ、酔いざめ悪きようなれば、露を拭って食べてみる、甘いが飴に似ておらず、酸っぱいものの酢ではなく、思うだけでも美味しそう、そんな希少なくだものだ、食う喜びはいかばかり。

未夏渉秋 尚有餘暑 酒醉宿酲 掩露而食 甘而不飴 酸而不酢  道之固以流沫稱奇 況親食之者 (段成式『酉陽雑俎』)

なんだか『西遊記』の韻文みたいで、どこの仙境からもいで来たくだものなの?って感じ。中国の詩文にあらわれる「辺境のくだもの」の描写というのは面白いです。葡萄の出てくるものでは、耶律楚材の次の詩も好き。

  西域河中十詠  耶律楚材

寂寞河中府 連甍及萬家   
蒲萄親醸酒 杷欖看開花  
飽啖鶏舌肉 分食馬首瓜  
人生惟口腹 何礙過流沙  

  西域の河中で十首を詠む  耶律楚材

サマルカンドは
ひっそりと静まりかえり
見わたすかぎりの甍は
過ぎ去りし日々の
輝かしい面影をそのまま残している 
ひとびとは
自分たちの手でワインを醸す
アーモンドの白い花が
そこらじゅうに咲きほころんでいる
香辛料をすりこんだ肉をたらふく食い
馬の頭ほどもある瓜を割ってかぶりつく
人生とはおいしいものを食べること
そのためなら
流沙を越えるのだって苦にならない

耶律楚材(やりつそざい、1190年-1244年)は初期のモンゴル帝国に仕えた官僚で詩人。この詩はチンギス・ハンに従って河中府サマルカンドに赴いたときのもの。桃源郷とはまたちがうタイプの楽園が、背後に想像されています。

2017-10-28

真夜中の月、少年の春


先日対句を引用した白居易「春中与盧四周諒華陽観同居」の全訳。

  春中与盧四周諒華陽観同居  白居易

性情懶慢好相親 門巷蕭條称作隣
背燭共憐深夜月 蹋花同惜少年春
杏壇住僻雖宜病 芸閣官微不救貧
文行如君尚憔悴 不知霄漢待何人

  春中、盧周諒と華陽観で同居する  白居易

生まれつき
ものぐさなところがぴったりで 
近所もものさびしかったから
いつのまにか仲良くなった

灯火をそむけては
まよなかの月を共に愛し
花影をふんでは
青春の時を惜しみあった

華陽観は田舎にあって
静養するにはよいのだけれど
秘書官の地位は低くて
日々の暮らしはままならない

才と器が君のようでも
こんなにもやつれているとは
朝廷の望む人材はいったい
どんなだろうと不思議になる

華陽観は長安の町外れにあった道教の寺。当時、若き秘書官だった白居易は昇進試験の勉強のためこの寺に移り住み、盧周諒と同居した。ところでこの詩、短歌連作での翻案が可能な雰囲気。近日中に試してみたい。

2017-10-27

酒と菊の日々


陶淵明(とうえんめい、365年-427年)はあの「桃花源記」(桃源郷の出処)書いた人。あらためて考えるとびっくりするくらい昔の詩人です。

  飲酒 其七  陶淵明

秋菊有佳色 裛露掇其英 
汎此忘憂物 遠我遺世情 
一觴雖独進 杯尽壺自傾 
日入群動息 帰鳥趨林鳴 
嘯傲東軒下 聊復得此生

  酒を飲む 其七  陶淵明

秋の菊が美しい
しっとりと露に濡れたその花びらを摘みとり
憂いを忘れさせるこの霊水に浮かべて
わたしは世間から一歩 また一歩と遠ざかってゆく
ひとり盃で じっくりと 
ほしいままに唇をうるおしていると
そのうち盃は空となり
気がつけば酒壺が転がっている
日は暮れ さまざまの営為がそのうごきをやめ
ねぐらに帰る鳥たちが林をめざして啼いている
わたしは東の軒下で
ああ と声を漏らしてくつろぎながら
今日もまた一日を
たっぷり味わったことに心から満足する

2017-10-26

作って食べる


少し前にも試訳した陸游から、ご馳走の詩をひとつ。

  飯罷戯示鄰曲  陸游

今日山翁自治厨 嘉肴不似出貧居
白鵞炙美加椒後 錦雉羹香下豉初  
箭茁脆甘欺雪菌 蕨芽珍嫩圧春蔬  
平生責望天公浅 捫腹便便已有余

  食べ終わり、戯れに近所の人達に見せる  陸游  

今日は田舎老人であるわたしが
みずから厨房に入って
貧乏屋敷に似合わないご馳走をつくった
鵞鳥の焙り焼きは 山椒をふると旨みが増し
雉の吸い物は 味噌を加えたとたん香りが立った
筍の芽のほろりとした甘さは 白い茸をおもわせ
早蕨のふわりとした歯応えは 春野菜をしのいだ
日ごろは 天のつれなさを
恨むこともあるけれど
ふくれた腹をさすっているときは
こんなにも満ち足りた気分でいられる

「脆甘」は崩れそうな甘さ、「珍嫩」はめったにない軟らかさ、「便便」は太って腹が出ているさま。この「便便」って日本語の辞書にもある言葉なんですね。知らなかった。

2017-10-25

セリとタケノコのお弁当。


蘇軾(そしょく、1037年-1101年)は宋代の詩人。画を描いたり語ったりするのも大好きで、現在でも日常で用いられる「平淡」という美的概念は、この人が批評用語として確立した(はずです)。

  新城道中 二首之一  蘇軾

東風知我欲山行 吹断簷間積雨声
嶺上晴雲披絮帽 樹頭初日掛銅鉦
野桃含笑竹籬短 溪柳自搖沙水清
西崦人家応最楽 煮芹焼筍餉春耕

  新城の道中で 二首の一  蘇軾

東の風は
わたしが山に行きたがっているのを知ると
軒端にまで聞こえていた雨音を
きれいさっぱり吹きとばしてくれた
山のいただきは わたぼうしの雲をかぶり
樹のてっぺんに たたきがねの陽がのぼった
野道の桃は咲きほころんで 垣根のような竹は短く
谷川の柳はおのずと揺れて 岸辺によせる水は清らか
西の山麓の住人にとって
今はいちばん心のはずむ季節
セリを煮て タケノコを焼いて
春の畑で働く人々のお弁当をこしらえている

この詩はラストの「煮芹焼筍餉春耕」がツボ。「餉」はかれいい。ほし米。あるいは旅人や田畑で働く人の弁当や食事のこと。食いしんぼうを、そそります。

2017-10-24

わたしのおうち


呉偉業(ごいぎょう、1609年-1671年)は中国明末・清初の人。呉梅村とも称される。

  梅村  呉偉業

枳籬茅舎掩蒼苔 乞竹分花手自栽
不好詣人貪客過 慣遅作答愛書来
閑窓聴雨攤詩巻 独樹看雲上嘯台
桑落酒香盧橘美 釣船斜繋草堂開

  梅村  呉偉業

からたちの垣根をめぐらした茅葺の家は
青い苔に覆われていて
近所からいただいた竹や株分けした花を
思いのままに育てている
お出かけするよりお招きするのが楽しくて
筆まめじゃないくせに手紙をもらうのが好き
窓辺で雨を聴きながら 詩の本をめくるのや
樹上に雲を眺めながら 石の台にのぼるのも
桑落酒はほろりと辛く 
金柑はとろりと甘い
釣舟を斜めにつないだ場所に
わたしの庵の門はひらいている

タイトルの「梅村」は呉偉業の隠棲していた山荘の名前。「桑落酒」は桑の葉の落ちるころに造る名酒。杜甫の詩にも「坐開桑落酒 來把菊花枝」の対句がある。あと石の台についた「嘯台」というネーミングはこちらに由来する(写真はこれみたい)。こういうのを庭につくって、その上で詩を吟じるようだ。

それにしても「愛書来」の字面がかわいい。この三文字を俳句の上五につかってみるのってどうかしら? 読み方は「しょのくるをはす」で初句7音の句にするの。ダメかな?

2017-10-23

第3回瀬戸内ブッククルーズ、そして昼寝。


今週の金曜日と土曜日に「第3回瀬戸内ブッククルーズ イチョウ並木の本まつり」が開催されます。本と遊んで、聞いて、飲んで食べて、うんぬんといったテーマで、瀬戸内エリアを中心にした本に関わる48店舗が集まるイベントです。HAHUBrisées石原ユキオさんがソロで出店されるもよう。これ、春にもあったイベントですが、とても明るく愉しい雰囲気の写真がいっぱいでした。

日時 2017年10月27日(金)・28日(土)/10:00-16:30頃まで
会場 Jテラスカフェ(岡山大学 津島キャンパス内)
住所 〒700-0082 岡山県岡山市北区津島中1丁目1-1
電話 086-253-0567(Jテラスカフェ)
入場 無料
備考 雨天決行(ただし当日午前7時の時点で警報発令等の荒天の場合は中止とし、ウェブサイト、SNS上でお知らせいたします。)
主催 瀬戸内ブッククルーズ実行委員会

* * * * * * *

厲鶚(れいがく)という清代の詩人を見つけたので訳してみる。

  昼臥  厲鶚

妄心澡雪尽教空 長日関門一枕中
跂脚飛塵難我涴 支頤清夢許誰同
黒驚燕子翻堦影 涼受槐花灑地風
慙愧夕陽如有意 醒来毎到小窓東

  昼寝  厲鶚  

浮き世の思いを
ことごとく洗い流して
日ざかりの門を閉ざし
ひとねむりする

爪先にわたぼこりが立っても
眉ひとつうごかさずに
頬杖をついて清らかな夢路を
ひとり愉しく辿っている

黒いものにはっとすると
梯子にひるがえる燕の影だった
ひんやりしたと思ったら
槐の花を地面に散らす風だった

ありがとう 夕日よ 
すべてを察するかのように
目ざめるといつも小窓の
東に射し込んでいてくれて

タイトルが「昼寝」なのでいいなと思ってみれば、なんでも会試に落第して郷里に帰ったときに書いた詩なのだそう。頸聯「黒驚」「涼受」の背後にひそむ苦悩から尾聯「夕日」の慈悲への流れがわかりやすく、試験に落ちた作者の繊細な心持ちがよく伝わってくる。

そしてまた、両手で顎を支えて目をつむり、少し足元を動かすと、机の下にふっと塵が舞う清朝の一室といった光景が、うーん素敵。

岩波文庫『中国名詩選(下)』では「燕子翻堦影」が「石段(きざはし)に舞う燕の影」となっている。でも室内にいる上、影は眼裏に迫らないと詩的にサマにならないので、ここでは「堦」を石段ではなく窓や軒先に架かった梯子で、そこに燕がひるがえったと解してみた。

2017-10-22

宇宙間について・後編


句集『途中』の制御しがたい遠近&重量感覚は、身体を詠んだ句にも及んでいる。

澄む水に浮かんだままの主人公  松井真吾
吊革のなくて摑んだ夏の山  〃
生命線背中まで伸び秋終わる  〃

一句目は「主人公」が「浮かんだまま」というのが絶妙におぼつかない。二句目は摑んだものが大きすぎる。三句目は命の目盛りが伸びすぎだ。

で、措辞のリズムや、脱超越的な身体描写などが、やっぱり現代川柳っぽい。

そういえば自分は、現代川柳で割とよくある〈脱超越的身体〉を俳句に導入できないかしらと思い、仮に俳句における身体把握が人文学的だとするならば川柳のそれは工学的であり、ロマン主義に陥らずに身体を脱臼させる〈狂度〉が技法として行き渡っているといったメモや、普川素床さんの川柳における身体的〈狂度〉をめぐる放談や、福田若之さんの俳句を前田一石さんの川柳と比較して俳句的身体の非脱臼的傾向を述べた日記(これ、なぜか枕が関心を集めるようですが本題は中盤以降です)などを書いたことがあるのだけれど、松井さんの句集を読むと、川柳と俳句とを行き来するのはそう難しくないのかも、とちょっと胸がはずむ。

ところで松井さん、普川素床さんとは句会仲間らしい。普川さんと句会をするってどんな感じなのだろう? そこも宇宙間的文脈で大いに気になるところだ。

できたての虹からあふれだす達磨  松井真吾

♣ 参考リンク ♣
【みみず・ぶっくす42】川柳とその狂度
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第1回 また終わるために-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第2回 ねえジョウ-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第3回 いざ最悪の方へ-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第4回 まだもぞもぞ-
【連載放談】普川素床読解入門 小津夜景×柳本々々-第5回 しあわせな日々-
〈世界〉の手前から フラワーズ・カンフー * 小津夜景日記

2017-10-21

宇宙間について・中編


きのうの「松井真吾さんの句から現代川柳を連想した」件。これは多分に感覚的な話(それゆえ言語化するのが億劫)なので詳細は省くけれど、たとえばこんな波長のもの。

初夢のあいだあいだのコマーシャル  松井真吾
涅槃図のトムはジェリーを追いかける  〃
秋の蚊の想定外のテレパシー    〃

一句目は「初夢」から入って「コマーシャル」に着地するという発想が素敵。「あいだあいだ」という繋ぎ方も、全体の音の張りもいい感じ。

二句目は季語がぴったり。トムとジェリーの図像を涅槃図に落とし込むといったアイデアは、現代アートにもなりそう。

三句目は「想定外の」がキモ。句が躍ってる。こういった、一歩間違うと説明オチになりかねない微妙な表現を、巧みに使いこなすことで生じる愉しさ。

あ、あとこの句集、異様な速度を詠んだ句が多すぎるところもヘン。

ひとり居の父雛壇を駆け登る  松井真吾
雨乞いの校長廊下を駆けてゆく  〃
お客様転落のため夏終わる    〃

こうした風景もまた、松井さんよる世界認識の、制御しがたい遠近&重量感覚から来ているのだろう。

2017-10-20

宇宙間について・前編



柳本々々さんが松井真吾さんの俳句を〈収拾のつかない空間〉と評している(続フシギな短詩164)が、これって松井さんその人の生きている場所をそのまま言い当てている、と思う。なぜそう思うかというと、少し前に松井さんとメールで話していたとき、スピカにわたしの書いた「国宝さん&重文さん」のエピソードに松井さんが触れて、

「よくわかります。わたしはビルやマンションにある『定礎』をずっとひとの名前だと思ってました。『あ、また定礎さんのビルだ!』と。」

とおっしゃったからだ(※この話、松井さんの了承を得て書いてます)。

だいたい松井さんは、話すたびに現実離れしたことを言う方だ。たとえば野球実況の「右中間に打った~!」というのを「宇宙間にボールが飛んでいったのだ」とずっと思っていて、今でもそう考える方がしっくりくるのだ、とか。そんなわけで、彼の句集『途中』にも、奇想天外な句がちらほら。


白魚を載せて気球の飛び立てり  松井真吾

極小としての「白魚」と極大(≒膨張物)としての気球。しかもそれが浮遊する。この取り合わせには作者の、制御しがたい遠近&重量感覚が現れている。あるいは、

いっせいに椅子の引かれる蜃気楼  松井真吾

「いっせいに」といった強力な一致団結が、しがない空中の「蜃気楼」として、どっと出現する光景。これも「宇宙間」的境涯の一景かも。

こういう系統の作品には、良い意味でのすっとぼけや、あるいは知的カマトトな感じの、いわゆる作者の才気が見え隠れするものが多い。ところが『途中』はそういった雰囲気とは無縁で、あくまで素直な手触りがある。そこが新鮮で、読んでいて疲れない。あと思ったのが、全体的にとても現代川柳的だということ。ここ、わたしにとって大変気になる特色です。

2017-10-19

続・春に酔える者たち、あるいは水の表層


先日のブログに紀友則「久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」を引いたとき、わたしは花が無心であることのあわれに感じ入ったのですが、はっと気づいてみれば、作者その人は花を有心物(しづ心なきもの)として捉えていたのでした。で、そこから思い出したのが、
落花語らずして空しく樹を辞す
流水情(こころ)無くして自づから池に入る
(落花不語空辞樹 流水無情自入池)
という白楽天の対句と、これを踏まえた菅原文時の詞書。
誰か謂ふ 水に心無しと
濃艶(じやうえん)臨めば 波色を変ず
誰か謂ふ 花は語らずと
軽漾(けいやう)激すれば 影唇を動かす
(誰謂水無心 濃艶臨兮波変色
誰謂花不語 軽漾激兮影動脣)
意味は「誰が言ったのだろう。水に心がないなんて。美しい花が映れば、波もまた色を変えるのに。誰が言ったのだろう。花は語らないなんて。さざなみが立てば、水に映るその影が唇を動かすのに。」

「水面」はよく言及されるようでいて、その存在様式自体に意識の及んだ作品というのは存外少ない。上の詞書は、そうした先駆的表現のひとつだと思います。

2017-10-18

月のあかるい場所



いつもかわいい「はがきハイク」第17号。ゲストは柳本々々さん。この狭い空間にむりやり客人を迎えるといった心意気が、なんだか茶席みたいで面白い。三人のお手前も、こんな風にぴったり。

ペンギンの交尾が秋の風のなか  西原天気
月光を浴びているあいだは症状が軽い  柳本々々
回って回ってバウムクーヘンなる良夜  笠井亞子

* * * * * * *

えっと今日は明代の袁宏道(1568年-1610年)。彼は生け花の書(『瓶史』)や、楽しい酒の飲み方の指南書(『觴政』)なども書いています。

  二月十一日崇国寺踏月  袁宏道

寒色侵精藍 光明見題額 踏月遍九衢 無此一方白
山僧尽掩扉 避月如避客 空階写虬枝 格老健如石
霜吹透体寒 酒不暖胸膈 一身加数氊 天街断行跡
雖有伝柝人 見慣少憐惜 惜哉清冷光 長夜照沙磧

  二月十一日、崇国寺で月を踏む  袁宏道

そのつめたい光は伽藍を濡らし
扁額の題字をくっきりと浮かびあがらせていた
月影を踏んで 都をくまなく歩いてみたが
この寺の一角ほど月のあかるい場所はなかった
それなのに寺の坊主はことごとく門を閉ざし
まるで俗客を避けるみたいに月を避けている
人気のない石段には虬のごとくうねった枝が
昔の筆遣いさながらの立派な影を落としている
辺りは霜 寒さが身にしみる
酒でも体の芯があたたまらない
毛布を何枚も重ねてくるまっているうちに
大通りからはすっかり人気が消えた
拍子木を打つ夜回りがいるにはいるが
見慣れているのか月に感じ入るようすはない
ああ もったいない 
こんなにも冷たく清らかな光が 
一晩中 砂原を照らしているだけだなんて

ちょうど真ん中でふっと意識の風向きが変わる詩。性霊説を唱えていた詩人のせいか、さりげなくソウルフルです。

二月の北京はとてつもなく寒そう。最後の行の、砂原(沙磧)という表現は、北京の古刹崇国寺(現在の護国寺)一帯が砂地だったことから来ています。

2017-10-17

春に酔える者たち


 春日醉起言志 李白

處世若大夢 胡爲勞其生
所以終日醉 頽然臥前楹
覺來観庭前 一鳥花間鳴
借問此何時 春風語流鶯
感之欲歎息 對酒還自傾
浩歌待明月 曲盡已忘情

春の日、酔いより起きて志(おも)いを言う  李白

この世に生きることは
夢をみるのと変わらない
愁いを遠ざけたまま
こんな風にひねもす酔いしれ
戸口の柱でひとねむりする
ふと目をさますと庭先に
一羽の鳥 花の中で鳴いている
ああ いったい今はいつだろう
梢をわたるうぐいすは春風と語らい
わたしはそのありさまにため息をつくばかり
思わずまた杯をかたむけ
朗々と歌いながら月を待ったのだけど
歌いつくす頃にはなにもかも忘れて
ただぐっすりと眠っていた

胸の中が暖かくなる詩。特にいいなと思うのが、ふいに目覚めたら「花の中で一羽の鳥が鳴いていた」という箇所。いまだ夢の中のような光景に自分の所在が一瞬わからなくなる感じ、またそこへすかさず春風が吹いて、李白の意識を二度覚醒させるといった構成が巧みだなあと思う。

あと、もしこの詩を原典として、その情感を変奏するとしたら、マーラーの「大地の歌」的演出ではなく
久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ(紀友則)
といった感じの方が自分には嬉しい。李白の夢は、荘子の夢だし。

それにしても、紀友則の歌、すごいねえ。光あふれる世界だけが描ける、この世に生きてあることの無常。散る花が、悲しみの果てに心を喪った涙のようだ。

2017-10-16

ふたつの戦争



  岐陽三首 其二  元好問

百二関河草不横 十年戎馬暗秦京
岐陽西望無来信 隴水東流聞哭声
野蔓有情縈戦骨 残陽何意照空城
従誰細向蒼蒼問 争遣蚩尤作五兵

要害堅固たる関河に
草一本生えていない

長年にわたる戦乱で
秦の都も荒れ果てた

岐陽の西を眺めても
風の便りすら掴めぬまま
人々の嘆きを乗せて
隴水は東へと流れてゆく

野の蔓草は 哀れむように
戦死者たちの骨にからみつき
沈む夕陽は なにも語らず
空っぽの城跡を照らしている

だれに託せば
蒼天の神に問い糺せるのだろう

なぜあなたは
蚩尤に武器をつくらせたのかと

これは1231年蒙古軍によって岐陽と長安とが落とされたことを悼んで、元好問(1190-1257)が詠んだ詩。「関河」は関と河とで防衛ライン。多くの場合、函谷関&黄河による要害のことで、この詩もそう。「蚩尤」は中国古代の伝説に登場する部族の酋長で「しゆう」と読む。石や鉄を食べ、殺戮を好み、はじめて五種類の武器をつくった神としても知られる。上の画像が蚩尤のヴィジュアル。

そしてこの詩の「野蔓有情縈戦骨」から、背景は違えど情景の類似をもって思い出すのが、加藤克巳の歌。
長雨によみがへるいかりいんぱあるのくさむら中の骨の累積  加藤克巳

2017-10-15

続・暗香疎影。あるいは水の研究。


日記を読んで下さっている方々にひとつお知らせ。ええと、さいきんハマっている漢詩の試訳は、時間を見つけては少しずつ整えています。なので数日後にまた同じ記事にお越し下さったら、より読みやすくなっているかも、です。

「霜禽」について。中国の辞書をみると「白い鳥。殊に白鷺、白鴎」とあり、用例として林逋「山園小梅」が載っている。研究者の中には「白鶴でしょ?」と言う人も(林逋が梅&鶴LOVERSとして有名な男だから)。わたしはふだん俳句とあそんでいるので、林逋の詩をプレテクストにした芭蕉の「梅白し昨日や鶴を盗まれし」をさらにふまえ、鶴を避けてみた次第。

「暗香疎影」「清浅」について。「暗香疎影」といえば田能村竹田。でも構図のポップさゆえに尾形光琳の「白梅図」との関係の方が広く知られていると思う。この話、深入りするとかなり面倒なのでさっさと本題にゆくと、「白梅図」に描かれた浅瀬の流水文は馬遠(1160-1225)「十二水図」中の
「寒塘清浅」を意識しているらしいです。


なまめかしい画。男女の逢瀬って、こんな感じなんですね。ついでに書くと、北斎の描く波頭の様態も「十二水図」に見られる表現。



馬遠の人気というのは、もちろん画が良いからなのだけど、林逋のコンセプトを図像化したというのも少なからずあるはず。わたしは2羽の水鳥が素敵な「秋水回波」や「細浪漂々」がお気に入り。


2017-10-14

暗香疎影。

詩を訳してあそぶのに、あまり季節を気にしないことにする。
 山園小梅  林逋 

衆芳揺落独嬋妍 占尽風情向小園
疎影横斜水清浅 暗香浮動月黄昏
霜禽欲下先偸眼 粉蝶如知合断魂
幸有微吟可相狎 不須檀板共金樽

かぐわしい花々が散ったあと 一人あでやかに
おまえはこの小さな庭の風光をわがものにする
まばらな枝の影がよこたわる きよらかな浅瀬  
あえかな花の香をただよわす ほのあかき月光 
白鷺がおまえに乗りたくて さっと四方を盗み見ている
白蝶がおまえを知ったなら きっと途方に暮れるだろう
嬉しいことに 詩のささやきがおまえにはよく似合う
おまえを愛するのに 拍子木や酒樽など要りはしない

梅にまつわる詠物風の詩。梅と流水をめぐる「暗香疎影」の趣向は美術関係でよく親しまれており、また「清浅」も男女の情愛を暗示するものとしてしばしば画にされる。「風情」にも男女の愛の意がこめられているらしいので、今回は梅を「おまえ」と訳してみた。

ところでこの詩は長歌の形式で訳した方が良さそうだ(やってみてから気づいた)。これでは隠遁の情趣、淡遠清秀の風格が出ない。また機会を見つけて試してみよう。

林逋には林和靖という別名がある。それでわたしは、彼のことをずっと江戸時代の文人だと思っていた。この思いこみを是正する機会は無数にあったのだけど、誰がいつどこで生まれたのかなんて興味がないから、なかなか覚えられない(林逋は967年-1028年で、宋代の人です)。

わたしがこの詩を知ったのは『西遊記』の第9回で、きこりと漁師とがくりひろげるワンダフルな詞合戦(歌合戦)に「幸有微吟可相狎 不須檀板共金樽」の句が登場したのがきっかけだった。この詞合戦、蝶恋花・鷓鴣天・天仙子・西江月・望江仙、と詞の形式をどんどん変えて戦うんですけど、ちょっと古い岩波文庫の、小野忍の訳が最高に良くてしびれます。

2017-10-13

千夜一夜文庫


あの、聞いてください。きのう本屋さんで、千夜一夜文庫を5冊買おうとしたんです。合計で13€。ところが代金を払おうとすると、レジの女性が「ポイントカードが10€貯まっているから値引きしておくね」と言って、なんと3€しか使わず。さらにその上、いまちょうど千夜一夜文庫を2冊買うと文庫型手帖を1冊プレゼントするキャンペーン中だったらしく、2冊も手帖を貰ってしまいました。これってもう、タダで5冊手に入れたのと同じですよね。にゃーん。


さて。きのうの詩に珠簾という語が出てきた。珠簾といえば思い出すのが謝朓のこれ。
玉階怨  謝朓

夕殿下珠簾
流蛍飛復息
長夜縫羅衣
思君此何極

夕の宮殿 珠の簾を下ろせば
簾越しにながれる蛍火が 昂ぶってはふと鎮まる
秋の夜長 うすぎぬを縫えば
あなたへの思いが溢れて 溢れて止まらないのだ
正直、閨怨詩は苦手。ただこれは読み下しが簡単、知らない単語が出てこない、結句の「君を思うこと、ここに何ぞ極まらん」という響きがキャッチーなどの理由で、漢詩を読みだした最初期に覚えた作品でした。あと、蛍を描写するのに簾を下ろすといった演出はやはり手堅いな、とも思います。

2017-10-12

ビーズ製のロール式カーテン。


『枕草子』で有名な白楽天の対句に
遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き
香炉峰の雪は簾を撥(かか)げて看る
(遺愛寺鐘欹枕聴 香爐峰雪撥簾看)
というのがある。この「簾を撥げて看る」から思い出されるのが、
畫棟(がとう)朝に飛ぶ南浦の雲
珠簾(しゅれん)暮に捲く西山の雨
といった王勃の句。秋の詩である。
滕王閣  王勃

滕王高閣臨江渚 珮玉鳴鸞罷歌舞
畫棟朝飛南浦雲 珠簾暮捲西山雨
閑雲潭影日悠悠 物換星移幾度秋
閣中帝子今何在 檻外長江空自流

滕王の楼閣は川のほとりにあって
着飾った人々が帯玉を鳴らし
華やかな歌舞を愉しんだのは遠い昔のこと  
あのころは
彩られた棟木のあわいに 南浦の雲を見送る朝があり
玉のすだれを巻き上げて 西山の雨を眺める夕があった
雲はだまり 水はかげり そして日はゆったりとして
時はうつり 星はめぐり ここは幾度目の秋なのだろう
楼閣の王は いま どこにいるのか
欄干の向こうの川は心なく ただおのずから流れてゆく
英訳の「珠簾暮捲」で「夕暮れにビーズのカーテンをロールする」という表現を見たことがあるのだけれど、古代の贅を尽くした貴族の生活は、案外英語の方が感触を掴みやすいかもしれない、とそのとき思った。

王勃は26歳で亡くなった初唐の詩人。また滕王閣は中国古代文化のシンボル。黄鶴楼、岳陽楼と共に「江南三名楼」と言われるだけあって写真映りはなかなかだ。

2017-10-11

うりふたつのたましい


白楽天の詩には、まるで恋愛のように友情を描いた対句がいくつもある。たとえば、青年時代に華陽観で盧周諒と共に勉強した頃の光景。
燭を背けては、共に憐れむ深夜の月。
花を蹋(ふ)みては、同じく惜しむ少年の春。
(背燭共憐深夜月 蹋花同惜少年春)
あるいは友人の元稹に送った次のような詩の一節。
贈元稹(抄)    白居易

一為同心友 三及芳歲闌
花下鞍馬遊 雪中杯酒歓
衡門相逢迎 不具帯與冠
春風日高睡 秋月夜深看
不爲同登科 不為同署官
所合在方寸 心源無異端

ひとたび心を通わせてから
三度たけなわの春を迎えた
花の下 馬に鞍を乗せて遊びにゆき
雪の中 酒の盃を重ねて語りあった
粗末な家でもてなしあい
帯も冠もすべて脱ぎ捨て
風の吹く春は 日が高くなるまで共に眠り
月の照る秋は 飽きもせずに夜空を眺めた
これは
同じ登科だからではなく
同じ官職だからでもない
ただ二人の胸の奥にある
魂がそっくりだからだ
題名が「元稹に贈る」。まっすぐで、ドキドキする。だがこんな彼らも、地方官になってからは直接会うことが叶わず、手紙(詩)に互いへの気持ちを込め合うしかなくなるのだ。セ・ラ・ヴィ。この詩の言葉が力強いだけに、なおさら切ない。

2017-10-09

蓼の香り、ほのかな苦み


きのうの日記に、この秋は『白氏文集』でクールにきめると書いたばかりなのに、あのあと別の人の詩を訳してあそんでしまった。

  蓼花  陸游

十年詩酒客刀洲
每為名花乗燭遊
老作漁翁猶喜事
数枝紅蓼酔清秋

  蓼の花  陸游

刀洲での十年間は
詩と酒に夢中だった
毎夜 美しい花のために 
燭を費やし遊びほうけた
年老いた漁夫となった今も 
楽しむ気分は残っていて
紅い蓼をそっと噛んでは
清らかな秋に酔っている

これは文句なしに良い詩。老いて綺麗に枯れたとも読めるし、より風狂が深まった(なにしろ蓼を愛でているのだ)とも読めるところが面白い。名花は芸妓のことだけれど、字面どおり花としておきたい。

あと題名をそのまま「蓼の花」とした裏のなさもチャーミングで、しかも渋みがある。こういう詩に出会うと、蓼に酔う人に返句する連作をつくってみたくなったり、男性は充分に歳を取ってからが魅力的かもと思ったりする。

2017-10-08

清少納言のように。


なんでも俳句を書く人に俳句以外のことを聞く企画をはじめるとかはじめないとかで、今週の週刊俳句に「海鳥ダイアリー」というインタビュー記事を掲載していただきました。聞き手は岡田由季さんです。

休日らしい陽気。午前中は『白氏文集』所収の新楽府「上陽白髪人」の雑言句を邦訳して遊ぶ。なお後半の描写のおもむきから考えて、眠られぬ秋思の原因は恋とした。
秋夜 白居易

秋夜長
夜長無睡天不明
耿耿残燈背壁影
蕭蕭暗雨打窓声

秋の夜は長い
どれだけあなたを想い
眠らずにいても
いっこうに朝が来ない

残り火のせいだ 
壁に映るむなしい影は
夜の雨のせいだ
窓を叩くせつない音は
平易明白。これは受けそう。読めば読むほど、白居易が人気詩人だったわけがのみこめる。よし、この秋は『白氏文集』を傍らにおいてクールに過ごすことにきめたぞ。

2017-10-03

詩的な生活を反映したワインの香り



長崎のひとやすみ書店から「新聞のインタビュー記事、活用しています」と写真をいただく。ありがとうございます。

ひとやすみ書店の前には、巨大な本の形をした看板が立っている。ご主人はその看板に、日替わりでオススメ本を立てかけ、またその本から引いた一節をチョークで板書する。レストランみたいだ。(この板書にまつわるご主人のプチ・エッセイが、こちらに掲載されています。)

♣️

最近、白居易についての論文を読んでいるのだけれど、中国語なのでわからないことがいっぱいある。

とりあえず、ざっと判断できればよい事柄についてはグーグル翻訳にかけてみる。すると例えば「心の幽霊で彼の飛翔を表現。それは韻。ザ・彼の取材は、詩的な生活を反映したワインの香りで満たされています。」といった感じの大変わかりやすい奇文と遭遇でき、白居易に対するイメージが逆しまにしっかりしてくる(ような気がする)。

他に参考になった奇文は、

「酔った郷のトークは、問題だが、音楽もまた瞬間だ。」
「酔った喜びは、酔って一緒に飛んで飛んで、翼の生えたアンディは、"音楽の宵の断食の時代の世代の詩歌"と、言った。」

酩酊、音楽、飛翔。これが白居易のキーワードとなる(らしい)。

2017-10-01

スピカ終了。



スピカの9月月間日記「かたちと暮らす」終了。原稿の締め切りはかなり前のことだったので、今あらためて言うのは妙な感じなのですが、とても楽しかったです。

そういえば、スピカにエログロのことを書いた日があったのですが、このストックホルム近代美術館は、水墨画コレクションが充実していました。

東洋美術の展示室に入ると、壁一面にスライド式の大きな展示ガラスが本の背表紙みたいに埋まっていて、それを自分で勝手に引き出して眺める風になっているんですよ。LPのジャケットをぱたぱたチェックするみたいに作品を漁ってゆけるのでとても便利。売店に八大山人の絵葉書がいっぱいあったのも、良かった。

2017-09-28

あやとりドリーミング


© Robyn McKenzie via Australian Museum

本日のスピカ「かたちと暮らす」の画像は、イルカラのLipaki Djulapanaのつくったあやとり「海鷲の巣」をエッチングにしたもの。なお上は「蝶」。

オーストラリアのイルカラにはアボリジニの「あやとり発祥の地」があります(こちらの本に載ってました)。アボリジニのあやとりは口承と一体化したものが多く、あやとりによるドリーミングは、彼らの生きる時間と空間とを横断的に拡大しつつ結びつける役割を果たしているそうですよ。

それから、これはどうも行き詰まったような雰囲気なのですが「いまだ解読されていないイースター島の文字『ロンゴロンゴ』をあやとりの意味から読み解いてみよう」といった研究が以前あったみたいです。うーん、すごく解読できそう。だって、ロンゴロンゴって、どの字も結んだ環みたいなかたちですもの。怖いくらい。

2017-09-27

風、すなわち鳥。



現在連載中のスピカ「かたちと暮らす」で、25歳まで陥っていたひどい勘違いについて告白したのですが()、それと同様の話で、わたしはみすず書房のシリーズ本「みすず・ぶっくす」のことも40歳頃まで「みみず・ぶっくす」と勘違いしていたんですね。みすず書房って実はキュートなんだね、なんて思いながら。

こう書きつつ、視覚文化研究所の「みみずくアートシリーズ」も本当に「みみずくアートシリーズ」で合っているのか不安になり、いまググってみましたら、こちらは合っていたもよう。よかった。

本日のスピカは虚の鳥について。虚の鳥といえば殷の時代、鳳凰の「鳳」という字は「風」と同義でした。火の鳥というのは殷から約千年後、五行思想の流行によって生じた見立てで、そもそも鳳凰は「風をおこす霊鳥」だったそうです。

天地に風をもたらす神。この上なく壮大なスケールが心地良い。太古の人は、心からシンプルに、鳥を寿いでいたのですね。

2017-09-26

なにもない道路


本日のスピカはマイロウィッツの話。そんな日にスマホの写真をブログに載せるのもどうかなと思いつつ、きのう外に出たら道路が『異邦人』っぽかったので、すみません、載せちゃいます。

なにもない理由は、ここがトライアスロンのコースになっていたから。

2017-09-24

知らない島、知らない鳥。



南の島から知らないカモメの写真が送られてくる。羽根が美しい。この種は何という名前なのだろう? 

「きれいな海。この辺、大きなサメも多いでしょう?」

わたしがそう訊ねると現地で暮らす知人は、

「普通にシュノーケリング中に遭遇してもほぼ無視されますよ。目がほとんど見えなくて、漁などで血のにおいをさせない限りは襲ってこない種が多いんです。眠りザメ(requin dormeur)という名前のサメもいるくらいで」

と笑う。そして「むしろコバンザメの方が厄介ですね。フリーのコバンザメは宿主を探して追いかけて来るから」と付け加えた。それはたしかに嫌だ。

海の遊びだけでなく、椰子の下の読書も捗りそうな島。本日のスピカ「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-23

うわの空っぽく、の愉しみ。



そういえば、9月1日は平生よりお世話になっているソノリテさんの記念日でした。愛知県常滑市より茨城県龍ケ崎市に居を移して丸4年経ったそう。

家具・木器・暮らし周りの道具・文具、そして少しの書籍を扱っているソノリテさんにご連絡さし上げてみたのは、クルミド出版の本や文鳥文庫を仕入れていらしたから。それがなかったら、きっとほわわんと眺めていただけでしょうから、縁というのは不思議です。

店内は写真を眺めるかぎり扱っているモノも多くないし、変わった感じもしない。とてものんびりと、気のむくままの雰囲気で、つくし文具店オリジナルの封筒とか、ダルマ家庭糸とか、この糸をつくっている横田株式会社企画のうれしい手縫いとか、家にあると便利そうなものが、どこかうわの空っぽく並んでいるところがツボなのでした。

昨日と今日のスピカ「かたちと暮らす」はこちらこちらです。

2017-09-21

屋根を愛する男性



本日のスピカの実験動画について、じっさいに屋根を試作しているときはどんな感じかな?と思いつつ本をめくってみましたら、上の写真がありました。どことなくレンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」っぽいです。写真一枚とるのに、ここまで構図をキメちゃうのもすごい。

ひとつお知らせ。『静かな場所』No.19に連作「虹の音字機」15句および田中裕明の句にまつわるとてもとても短いエッセイを寄稿しています。特にエッセイでは、わたしの中の裕明が、静謐な音楽性、軽妙な論理性、そして夭折の三つをもって有元利夫のイメージと重なっている話を書きました。いま手元に数部ありますゆえ、眺めてみたいなという方はメールください(発行人の対中いずみさんの手元にも少し残部があるそうです)。

2017-09-20

膨らむ物体



膨らむ建築やオブジェ系でさいきん良かったのがSpatial EffectのGalleryのページ。Waterの部門に長年の謎の答えがありました。

それはなにかというと、ウォーターボールに入って水辺で遊んでいる人を見るたび、あれ、いつからあるんだろう?と思っていたんです。ウィキにはこう書いてあるのですが、そんなはずないだろうと。それが、このサイトにある1969年のWaterwalkが最初だったとわかって、しかも三角錐の風船で、うーんかっこいいなあ、と。

本日のスピカ「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-19

アーティストの部屋



あの、フランシス・ベーコンの仕事場を撮った有名な写真集があるじゃないですか。あれを見てからというもの、やっぱりデキる人はこうゆう渾沌たる空間に棲んでいるんだよなって思っていたんです(あそこまでゴミ屋敷じゃなくてもいいですが)。

それがある時、ベーコンの仕事場ではなく住居の方を撮影したパネル展を見にゆくことになり、いったいどれくらい迫力ある空間に住んでいるのだろう?とドキドキして会場に入りましたら、たいへん整理整頓の行き届いた住まいだったので二度仰天しました。ドレスシャツもすべてクリーニングに出してきれいに積み上げてあるし、リビングも社交的な家具の配置だし、キッチンも使いやすそうで「ここ、ドナルド・ジャッドの家だよ」と言われても信じてしまいそう。こちらに一枚だけキッチンの写真があります。いたって平凡ですよね。

ところで、わたし、ベーコンが超好きで。50年代以降の、背景の単純明快な作品が特に。モダンの中にひそむクラシシズムにぐっときます。

本日のスピカ「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-18

絵と画のこと



本日のスピカ「かたちと暮らす」は抽象絵画のこと。

そういえば、絵画という単語は「絵」および「画」の字から成りますが、数年前「出アバラヤ記」という連作を書くために、中国の〈天地人の三位一体論〉と〈水墨〉との関係について考えていた時、昔は「画」が基本墨一色で「絵」が多彩色を含意していたという話を読んだことがあります。わかりやすい例としては、山水画は一色/大和絵は多色、版画は一色/浮世絵は多色、画師は水墨/絵師は色絵、といった感じ。また墨絵や淡彩画などの言い回しは、歴史の浅い和製漢語なのだそうです。

あ。週刊俳句の小津が大粒の涙をのんで流されるシリーズ第三回は、関悦史『花咲く機械状独身者たちの活造り』についてです。

2017-09-17

おしゃれで、フェアな。



本日のスピカ「かたちと暮らす」で言及したフランソワ・チェンは、東アジア関係の本に序文を寄せていることがよくありまして、ラファエル・ペトルッチ『極東美術における自然哲学』(1911年)の復刻版もそうでした。

この本、言及されている日本人絵師・画師が恵心僧都、広重、北斎、空海、光悦、応挙、雪舟、司馬江漢、狩野探幽、松花堂昭乗、大西酔月、相阿弥、野村宗達、鳥羽僧正、宮本二天(武蔵)などなどシブい。上は土佐派の伊勢物語ですが、中国絵画の方の図版のセレクトも良いです。フェノロサの仏教美術偏重を問題視したりもしてますし、ほんとペトルッチはおしゃれでフェアな美術史家だなと思います。

初版本はフランス国立図書館のサイトでダウンロードすることができるみたいです。

きのうのスピカ「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-15

切手と金魚



本日のスピカで触れたジョセフ・アルバース、ウィキに切手の画像がありました。質感は全く感じられないけど、でも、眺めてしまいます。

切手といえば、この夏、スカイツリーにある郵政博物館へ行ったんです。圧巻だったのは切手のコレクション。スライド式の展示ガラスを引き出すと、国名&年代ごとに分かれた切手を鑑賞できるしくみになっていて、収蔵枚数は33万枚とのこと。ミュージアム・ショップも、珍しい切手がノーマルな値段で手に入って便利。ファーストデイカバー(切手と封筒と初日消印が一体になった郵趣用記念グッズ)は随時3万枚を超えるそうです。あとはですね、切手と関係ないけれど、下の階の墨田水族館の和金も良かった。俳句愛好家にはちょうどよい散策コースかも。

告知。9月13日付朝日新聞夕刊に「俳人・小津夜景さん 俳句は回路、外の世界と自分をつなぐ」が掲載されています。わたしも冒頭部分をちらっと読みました。なるほど、回路だったんだ、ふむふむ、とか思いながら。

2017-09-14

木彫りを追って



本日のスピカ「かたちと暮らす」は木彫りの熊の話。それで思い出したのは、昔、同居人と結婚しましたときに、知床半島から網走に抜ける新婚旅行に出かけたこと。

わたしは北海道生まれで、子供時代はわりと引越しが多かったのですけれど、どういうわけかいつもアイヌ文化圏の土地ばかりで、ニブフ族(ギリヤーク族)やウィルタ族については書かれたもの以外なにも知らなかったんです。それで良い機会だからということで、オホーツクの旅に出たのでした。

アイヌ文化圏の住人にとって、ニブフの木彫りはとてもキュートで少しさみしい。またセワポロロのような観光用の人形にすら「ここには別の文化をもった人が住んでいたんだ」と感じたりもします。当時はダーヒェンニェニ・ゲンダーヌ氏が始めたウィルタ文化資料館「ジャッカ・ドフニ」もまだやっていまして、わたしたち夫婦は、とりあえず網走刑務所を押さえたのち、北方民族関係の施設をいくつか回ったのでした。

余談。わたし、梅棹忠夫の書くものって好きじゃないんですが、1993年の国際先住民年のとき、アイヌ文化の企画を北海道以外の博物館でやってのけたのが彼のいた民博だけだったことは、本当に偉いなと思います。当時はまだ旧土人保護法(!)があったから、なおさら。

シロカニペ待ちかね宝船にのる  小津夜景

2017-09-13

あやとりと浮遊癖。



以前、あやとりのサイトを見ていたときに知ったのですが、あやとりという語が使われている最古の文献というのは江戸初期の俳句なんです。

風の手の糸とりとなる柳かな  俊安

寛文五年(1665年)に刊行された、野々口立圃の俳諧集『小町躍』に見られる一句。あやとりが日本古来の遊びであるといった通説の出所は小高吉三郎『日本の遊戯』(1943年)の「あやとり」の項で、そこには「これといふ考證もないが、恐らく平安朝時代から行はれてゐたものではないかと考えられる」と書かれています(≫参照)。けれどもこれは柳田崇拝が遠因となった思いつきで、大昔に日本人があやとりをしていた文字や画像資料は見つかっていないんですって。

そうそう。あやとりって、ついつい糸に目が行きがちですけれど、手のうごきの浮遊感もいいんですよね。ついさっきも、エアーあやとりをしてみたら、ものすごく気持ちよかった。

本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-12

微音空間



今日は2枚のカードを眺めました。

一枚は熱帯で働く友だちから届いた鳥の写真。そしてもう一枚は、きのうのブログを読んだという方からのグリーティング・カード。カードの絵柄は1990年冬のNHKFMシアターで言及された、有元利夫のタブローです。すごいですね。17年も前にたった一度流れたきりの番組なのに、どうして絵のタイトルがわかったんでしょう?

そのドラマのシナリオは、今にして思えばとても平凡なものでした。でも高校生の耳には充分すぎる鉱脈があった。ニュートリノやカミオカンデの話、路上のゴミをあつめる趣味のこと、犬の足跡に石工を流し込むアート、有元利夫のタブロー。そして中尾幸世の声。

中尾幸世が今なにをしているのか気になって少ししらべてみましたら「微音空間」というファンの方のサイトを発見。微音空間かあ。たいへん言い得て妙なネーミングです。

本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-11

天の記憶



本日のスピカ「かたちと暮らす」で言及した映画《La vita è bella》はアレッツォが舞台。この町のサン・フランチェスコ教会にはピエロ・デラ・フランチェスカのフレスコ画「聖十字架伝説」が保存されています。

自分がピエロ・デラ・フランチェスカを意識したのは1990年の冬。部屋で勉強しながらNHKFMシアターを聞いていましたら有元利夫の話が出てきまして、それが気になって本屋で画集を購入し、そこから初期ルネサンスに行ったという流れでした。

ところでこの二人、どちらも色彩と質感が素敵ですが、似ているようで全然似てないところが面白いですよね。ピエロ・デラ・フランチェスカの絵は平明で大胆な形態把握、緻密な構図と細部の描き入れ、クール&ビターな人間の表情などが観る者に甘美な幻想をもたらす一方、有元の絵はあいまい、省略、スイートなどがその特徴。和やかな音楽に満ちていて、壮麗な静謐さからも割と遠いですし。

木の板のうすくひびくは鳥雲に  小津夜景
(「そらなる庭に ピエロ・デラ・フランチェスカによせて」)

2017-09-10

武術と奇術


小津が大粒の涙をのんで流されるシリーズ第二回が週刊俳句にアップされています。今回の話題は竹岡一郎『ふるさとのはつこひ』について。

潰(く)えし半身虹もて補完せり吶喊(とつかん)  竹岡一郎

音声中、わたしが何度も口にする「舞」という語は伏せ字です。実際には、目の前で竹岡さんが演武してくれていた武術の技の名前が入ります。竹岡さんの流派が比較的めずらしいものなので公言を控えました。唯一、竹岡さん自身が「てんしけい」と言っているのは陳式太極拳の「纏絲勁」のこと。その他「中村汀女のことばの動きは八卦掌」といった点でも両者の意見が一致していたことがわかり、とても新鮮な一日でした。

ところで、上の句と似たリズムをもち、かつ竹岡さんが好きだと語る、


西日暮里から稲妻みえている健康  田島健一

については、武術ではなく曲芸や奇術のテンポを感じます。竹岡さんの方は腰の高さが一定し、動き出しの息を最後まで温存しつつ引っぱっている一方、田島さんの句はジャグリングのように腰が大きくゆれている。

また奇術というのは、合理的な原理を用いてあたかも〈実現不可能なこと〉が起きているかのように見せかける芸能(@wiki)ですが、田島句の語の構成、とりわけ座五のからくりには、俳句原理の中に〈合理的不可能〉を探求する姿勢が感じられます。そしてわたしは、この姿勢のひとつの到達点が「悪の名詞化この世まばゆいチューリップ」であるとも感じているのでした。

本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-09

仮象としての影、仮想としての光。



影を眺めるというのは、人間にとって、とても不思議な娯楽です。面影という語に代表されるように、影は無というよりも存在のヴァリエーションとして認知されていますし、表象の概念の根本をささえる考え方でもあります。

影が〈仮象の世界〉だとすれば、いっぽうの光は〈仮想の世界〉。光の中で存在に出会うと、それがまぼろしじゃないと知っていても、そうとしか思えなかったり。ううん、存在どころか、この世界すべてがまぼろしだと言われたみたいで悲しくなる。光って、本当に無慈悲です。


たれもかれも幻を視るまぼろしぞ 眩し まぼろしなればほろびず  小池純代

上の歌の「視」は示に見。本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-08

光の中の黒い鳥



本日掲載のスピカ月間日記「かたちと暮らす」の写真はブルーノ・ムナーリの『ABC BOOK』。子供がアルファベットを覚えるための絵本です。黒い鳥のかたわらにCrowと書いてあるので、あれはカラスということになります。

でもあの絵、目と嘴の感じや尾からして、カラスじゃなくてクロウタドリ(黒歌鳥)ですよね。上の写真の子。クロウタドリは英語でBlackbirdと言いますので、カラスってことにしておこう、とムナーリは気楽に思ったのでしょう。

クロウタドリはヨーロッパ人にとって親しみある鳥で、ムナーリは《IL MERLO HA PERSO IL BECCO》(クロウタドリはくちばしをなくしたよ)というグラフィック絵本もつくっています。全部の頁をめくりおえたあとに残る小さな心臓がチャーミングです。

2017-09-07

ここにコップがあると思え


哲学系アイテムとしてのコップは、シンプルな、匿名性の高いものだと嬉しい。

近現代の哲学にコップの比喩が多いのは、西洋におけるカフェ文化と議論との強い結びつきに由来する(たしか、そうだったはず。違ったら、ごめんなさい)。カフェは市民がさまざまな刊行物を読んだり、この世界の在り方について意見を交したりする場所。で、そのとき彼らの思考実験の道具として頻繁に引き合いに出されたのが、目の前にあるコップだった。


夏暁のここにコップがあると思へ  岡野泰輔

このコップにもまた実存主義的な芳香が漂っている。夏暁の瑞々しさによって命の誕生の気配を演出しつつ、モノが存在することの奇蹟を哲学的言説と絡めあう手つきはとても鮮やか。

掲句が収録されている『なめらかな世界の肉』というメルロ=ポンティ由来の書名も、岡野さんによく似合っていて、チャーミング。

本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-06

空には実体がない



かすかに乳色がかった空。なんど眺めても、空そのものに匂いも手ざわりもないのがふしぎ。

きのう、匂いのある本、というのを思いついた。なにもない空を眺めつつ手元の本をひらく。文字を読んでは、ときどき香りをたしかめる。じぶんじしんを嗅覚にゆだねるのは楽しいあそびだ。

本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-05

夏の思い出。


あの、南仏に引っ越して来て、コルビュジェのカバノンを見にいったんです。すると収納付きベットの上に、ロールケーキ状のアルミの円筒がついていて、照明かなあと思って眺めていましたら、なんと「蚊取り線香ケースだよ」と教えてもらいました。

by mark robinson via OEN

雑誌を見ていても、こういうことってあまり書いていないですよね。この円筒、たしかアイリーン・グレイの住居にもありましたし、まさか蚊取り線香を焚いていたとは、と吃驚です。と、これは去年の夏の思い出。

本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-04

スリムな身体


短歌というのは、連作を編むときに各人の読解力が如実にあらわれるジャンルですが、一首の代謝能力もよくわかるなあと、さいきん加藤治郎「ヘイヘイ」の作品評日記を書いて思いました。

短歌連作の序盤の入り方には定石パターンみたいなものがあって、作品の巧拙はともあれその物腰は割と似通っています。しかしながら冒頭3首で作品の輪郭が決まり、またその意図が伝わることは滅多にありません。普通はいわゆる様子見的な、いまだ〈方向の定まらない情緒〉が漂っているものです。実のところは様々な事情ゆえにそうなるわけですが、「ヘイヘイ」を読んだあとで他の連作を読むと、その〈方向の定まらない情緒〉がすべて贅肉に見えてしまうくらいこの作品は冒頭の、そしてまた全体のシェイプが綺麗なのでした。

評にも書いたとおり「ヘイヘイ」の歌には余分な情緒がない(贅肉がない)。それでいて必要な情緒はちゃんとある(贅肉を恐れてハード・ダイエットに嵌まっていない)。一首一首が、とてもスリムで均整のとれた体つきをしている。

あと詩型の融合がこんなにスムーズにいった作品も珍しい。これはたぶん「詩のパートになにをさせるか?」といった機能美的判断が最初にあったからではないかと推測するのですけど、どうなのでしょう? 他ジャンルのことって、わかるようでわからない。だから「この道具を、うちではどのように使うのか?」と考えながら、その道のプロには思いもよらない方法を考案すること(いまわたしはカンフー映画の小物づかいを思い出しながら書いてます)がとても大切。「ヘイヘイ」のスマートさの基底にあるのは、そういったプラグマティックな感覚だと思います。

本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-03

大粒の涙



最新号の週刊俳句に「超ひまつぶし鼎談」が掲載されています。話しているのは竹岡一郎、関悦史、そして小津夜景。これ、聴いた人が怒り出してもおかしくないくらい意味不明な箇所の多いトークです。しかも3回連載となっています。ああっ…。

正直、公表するのがとっても嫌なんですけど、聞かれて困ることを喋ったわけではないため(ただ自分の話のスローモーさに唖然とするだけ)、けんもほろろに「やだ」とは言えない。その上、しょうもない鼎談シリーズにはSST(榮猿丸・関悦史・鴇田智哉)による「味噌ピー」話という金字塔がありまして、それを下回ることはどうやらできなかったらしく(ほんとか?)、小津は大粒の涙をのんで状況に流されることにしました。

あ、そうそう。第二回と第三回にはちょっと毛色の変わったエピソードがあります(そこに登場する専門用語は来週このブログで解説するつもりです)ので、そちらはユルめに期待してください。

♣ 本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-02

バイオリズム



知人から貰った写真。ユリカモメですね。もう冬羽になってしまっていますが、実は地中海のカモメって夏に冬羽だったり、冬に夏羽だったり、平気でするんですよ。

あまり寒暖の差がないと、毛の生え変わりも適当になるのでしょうか? 

うーん。でもわたしだって、春と秋にはちゃんと髪の毛がたくさん抜けるのに、野生に生きる彼らがそんなでどうするの?って気も。そういえば、今年は8月7日にいきなり髪がすごく抜けて、お、どうした自分、と思ったら立秋でした。カモメよりも正確なバイオリズムで生きている生物です。

♣ 本日の「かたちと暮らす」はこちら

2017-09-01

そういえば、の流儀。



この9月、スピカで月間日記「かたちと暮らす」を連載することになりました。このタイトルとは付かず離れずつかず、そういえば、の流儀で進めてゆければ、と思っています。

そういえば(と、ここでさっそく使う)、最近とあることがあって思い出した話。

中学生のとき、山口誓子の《夏の河赤き鉄鎖のはし浸る》という句を習ったんですが、いたく感激というか興奮して、この一句で400字詰原稿用紙15枚の鑑賞文を書き上げたことがあったんです。こんな枚数を学校で書いたのは、後にも先にも一回きりのこと。

何故そんなに興奮したのかといいますと、当時のわたしにはこの句が〈もの派〉の光景を言語で実現しているように見えたんですね。それで「すっごいマテリアリスティック! 山口誓子ってクール!」と感動した。

で、書き終えたあとで「そうだ、この人の他の俳句が副読本に載ってるかも」と思いつき国語便覧を見ましたら《学問のさびしさに堪へ炭をつぐ》とあって、それを読んだ瞬間、なにこれ、典型的な文壇芸じゃん、と一瞬で熱が覚めてしまったんですよ。今思い返しても唖然とするくらい一瞬で。子供の感性って、つくづくデジタルだなって思います。

2017-08-30

サイレンの音は、夢の中で荒野を渡る風に変わった。


詩客「短歌時評」に加藤治郎さんの新作「ヘイヘイ」の感想を寄稿しています。短歌について書くのはひさしぶりなので、とても楽しくリラックスして書きました。リラックスしすぎて、筆が作品を離れないようにするのが大変だったくらい。

それはそうと、作品評を書いている最中、最初から最後まで思い出しっぱなしだったのは、

サイレンの音は、夢の中で荒野を渡る風に変わった。

といった秋山晶のコピーが有名なパイオニアのカーステレオ「ロンサム・カーボーイ」のCM。これ、片岡義男がナレーションを担当していたんですよね。小さかったわたしは「100マイルを過ぎると、風の音だけでは寂しすぎる」のヴァージョンは見た記憶がないのですけれど、ユーチューブを調べたら、どうも10ヴァージョンくらい存在したようす。

でもほんと加藤さんの短歌って、ある角度からみると片岡義男に似ていると思いませんか? そう思うのはわたしだけ? それともすでに論文があるのかしら? ともあれ今回の「ヘイヘイ」は冒頭三首で「おおっ!」と興奮させられるし、ライ・クーダーが頭の中で鳴りつづけるしで、とても困りました。

2017-08-27

セキララに。



現在発売中の『俳句』9月号「男のドラマ・女のドラマ」にエッセイを寄稿しています。

この連載エッセイ、編集部から指定されたテーマというのがあって、
♣背景にドラマを感じる異性俳人(故人)の一句を挙げる。
♣その一句を鑑賞しつつ、自分の人生の転機となったような大きな出来事をセキララに語る。
の2つがその大枠。それゆえ素直に、誰にもしたことのない恥ずかしい話を書きました。あと引用句なのですが、圧倒的なドラマ性という観点からみて、これを超える作品はこの世に存在しないんじゃないかな…って思ってます。

2017-08-25

ケイマフリとエトピリカ


さいきん北海道に縁のある方とお話する機会があって、思わず調子にのって海鳥のことを語ってしまいました。

北海道の鳥というと、シマエナガやタンチョウあたりが愛されているのでしょうか? どうなんでしょう? いずれにせよ、海鳥愛好家の人というのはあまりいないと思うんですよ。理由はだいたい想像できて、海鳥がごはんを食べているシーンってやっぱり正直「うっ…」といった感じですから。しかたがないです。はい。

で、しかたがないと言いつつ、その方に紹介したのがケイマフリ。こんなすがたをしています(写真はwikiより)。


あと、わたしの育った地域にいるエトピリカ。エトピリカはこちらに画像がいっぱいあるので、海鳥に興味のある方は、いやない方も、ぜひともご覧いただきたく。


そういえば、タンチョウとは高校生の頃、コンビニの前で遭遇したことがあります。その手の場所で遭遇すると迫力があってすごいですよ…と書きたいところですがさにあらず、とても場慣れした顔つきをしていました。鶴というのは然るべきシチュエーションで眺めると最高に神秘的な反面、海鳥では決してありえないようなドメスティックな印象を与えることも多いです。

2017-08-24

いまは読書よりも海が親しい



わたしの記憶違いでなければ、今福隆太にこういうタイトルのエッセイがあって、これを読んだのはたしか安原顕の『リテレール』創刊号だったのですが、本当にそう、そうだなって、今日も考えていました。

今福の書いていたことは一行も覚えていません。でもタイトルがすべてを語っているから、だいじょうぶです。

読書のすばらしい点は徹底的に孤独になれること。読書には、音楽を聴くときほどのヴァリエーションはなく、多かれ少なかれ一人になることを強いられます。映画のようにイマージュをもっていないから、真剣に没頭しなくてはなりません。

だから子供のころは、本にしがみつくように読書していました。

それが大きくなると、何かを得るための読書をおぼえて、最もひどい時は読んだ本の内容をすぐに他人に語る余裕すらあり、こういうのって読書しているとは言わないよなあ…と思っているうちに本を読むこと自体が怖くなってしまった。

で、これはわたしの場合「孤独になる勇気がなくなった」っていうのと同じ意味だったんですね。本の側からじっと見つめられるのが怖いの。本の中へ本気で入ってゆけない自分を意識するのがすごく怖かった。

そういうことって、ありませんか?

それで、このまま中途半端に本と関わりながら軌道修正するのは無理と悟ったときに学校も読書もすっぱり止めて、それから十年ほど海ばかり見ていました。そしたら、なんか、少しずつ元気になってきた。海が読書のことをいろいろと教えてくれたりして。本を読み始めるときは、その中をよごさないように気をつけて、とか。読書の孤独はじっさいに本を読んでいる間だけでなく、むしろ読み終えてそれについて考えている長い時間の方にあるんだよ、とか。そしてその長い時間というのは、わたしがその本のことをすっかり忘れてしまうくらいの、ほんとうにほんとうに長い時間なんだよ、とか。

海は、わたしにその〈ほんとうに長い時間〉を与えてくれる、とても素敵な空間なのでした。

2017-08-21

雨の日製作所、について。



この、まるで小説の中に出てきそうな名前の空間のことは、もっと早くに書きたかったのですが、思いのほか時間がとれず。夏休みはルーティンが少ない分、時間の使い方が漠然とします。

さて、雨の日製作所は奈良市にあるアトリエ&ショップ。毎月初めの3日間は「晴れの日販売所」というイベントもしています。イベントの内容は、だいたいこんな感じ。毎月コンセプトが違うようです。

で、ですね。このアトリエを運営するお一人であるneniqri氏は、月一度こちらでブック・ショップを開いていまして、なんと『フラカン』をお取り扱いくださっているんですよ。ものづくりをする方たちの作品にかこまれて、とても幸せな本です。


今月のオープンは23日(水)の12時から19時まで。製作所の場所は、奈良市芝辻町4丁目6-16セイシェルビル2F(新大宮駅徒歩2分。公園に面した、赤茶色の5階建てタイルの建物)。興味をもたれた方は、下の参考記事もどうぞ。どの記事も、写真がすごく丁寧です。

文字を覚える



平仮名は、それを覚えるとすぐ実践的に使えるといった意味で、とても便利な表音体系だ。

子供はその習得と同時に「りんご」や「でんしゃ」などの単語や短文を一人で読むようになる(つまり「孤独な読書」といった知的作業へ移行することができる)。漢字を覚える段階に入っても、大抵の子供の本にはふりがながついているので、漢字/発音/意味の関係はきわめてクリア。独習可能だ。

一方アルファベットは、それを覚えたところでたった一個の単語すら読むことができない。フランス語を例にとるならpommeはポム、trainはトランと読まなければならず、アルファベットをそのまま順に発音しても言葉に辿りつかないのだ。そんなわけでフランスの子供は、アルファベットの習得とは別に、数多くの基本単語をまずは〈文字の塊〉として一個ずつ暗記してゆく必要があり、またそれには第三者の助けが不可欠となる。

ちなみにフランスの義務教育では、漢字の部首理解に相当する、単語の語源(例:passeportはpasser+portの複合語で「港を通過する」が原意、等)ならびに接頭辞・接尾辞(例:「表現」expressionは「内から外へ」のex-と「押し出す」のpressionとに分割される、等)を学ぶカリキュラムがいつからか廃止されたらしく、その〈文字の塊〉が大きくなっても依然として素朴な塊のままという若い人がめずらしくない。

文字を覚える年齢における各人の生活環境が、日本語よりも切実な差異となって現れやすいのがアルファベットの社会ではないか、と感じた出来事がさいきんあったので、以上、メモ書き程度に。