2016-11-29

ふだん使いのカバン





学生時代を京都で過ごして良かったことのひとつに、ナショナリズム(お国根性)の精神構造を解するようになったことがある。

関西には、人と人との距離が物理的にも精神的にも遠い北海道民からは想像もつかない世界が広がっていた。いったいどんな世界だったのかは省くが、それなりの経験をつんだおかげで今ではわたしもナショナリストとしての作法を立派に身につけている。たとえば、ふだん持ち歩くカバンを六花亭ブランドにしたりとか。

2016-11-28

挨拶いろいろ



きのうは挨拶歌、挨拶句について書くはずだったのが、酒の話に流れてしまった。もう一度しきりなおして、大伴旅人の讃酒歌は山上憶良のこんな挨拶歌と並んでいる。

憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ  山上憶良

わたしはこの歌が「酒宴を中座する際、すでに老人だった作者がふざけて詠んだ歌」であるとは中学校で習わず「作者は家族思いのやさしい人。小さい子供たちの顔が浮かぶようですね」と教えられた。不幸な体験である。真実を知ったのちにこの歌をもういちど見たら、即興ならではの畳み掛けるような言葉のリズムや結句の見得の切り方などが、思いの外パンキッシュであることに気づいた。町田町蔵の作と言われても納得しそう。

一方挨拶句で好きなのは青畝の、

奈良七重七堂伽藍八重桜  松尾芭蕉
山又山山桜又山桜   阿波野青畝

これ。笑っちゃうほどのすごーいサブカル臭。作者が西尾維新でも全然驚かない。「山又山」と「山桜又山桜」の、ミニマリズムなのか単に身も蓋もないのか俄には判断できかねるぶっきらぼうな様式美が、人工知能風のエロスというかなんというか。

ところでわたしも挨拶好きゆえけっこうな数の挨拶句を書き、またそのうちのいくつかは句集にも入れた。えっと、たとえばこういうの  と、憶良、芭蕉、青畝とやばいくらいの有名人のあとに自作を出すのは正直じぶんでも頭おかしいと思うのだけれど、ここはわたしのおうち(ブログ)なのでその辺あまり気にしないでほしい。なにとぞ。

中年や遠くみのれる夜の桃  西東三鬼
夜の桃とみれば乙女のされかうべ  小津夜景

2016-11-27

じかに抱き合う



挨拶句、挨拶歌が好きだ。誰とわかる人への応答でなくてもかまわない。なんというか、さらりと消息を通わせあう気分の作品、に惹かれるのである。

単に惹かれるだけでなく、わたし自身いつも誰かと、あるいは何かと唱和しあう気持ちで俳句を詠んでいる。俳句のことをかけがえのない《贈答品》だと思っているらしい。

* * *

さいきん立て続けに知人が遊びにきたり、ボジョレー・ヌーヴォーの解禁があったりしたせいで、アルコールめいた気分で暮らしている。毎年この時期は、酒の歌が頭に浮かんでは消える。たとえば大伴旅人の連作「酒を讃めたまふ歌」なら次の歌。

酒の名を聖(ひじり)と負ほせし古の大き聖の言の宣しさ  大伴旅人
(酒の名に「聖」とつけたいにしえの大聖人の言葉のうまさ) 

なかなかに人とあらずは酒壷に成りにてしかも酒に染みなむ  〃
(なまじっか人でいるより酒壺になりたい酒に溺れていたい)

それから小池純代。この人には相当な数にのぼる酔歌があるけれど、

一杯のソルティドッグを嘗めたれば鹽(しほ)のからさと犬のかなしさ  小池純代

これなんか、どことなく俳句の香りが。まぎれもなく短歌なのに。

ほろ酔ひの
ほがらほがらと
頰(ほ)にのぼる
ほのさびしさぞ
ホワイトホオス   小池純代

連作「ありたれいしょん歌留多」より「ほ」の歌。言葉えらびに力みがなく、酒に似つかわしい俗謡の精神が心地よい。もっとも俗謡の精神も巧みな技も脱ぎ捨てて、この世界とじかに抱き合ったような次の歌が、わたしにとっての一番かもしれない。

よろこびのかくあふれたり卓上にこぼるる酒を惜しと思ふな  小池純代

2016-11-26

文学配布マシン





本日の週刊俳句に、フランスの文学配布マシンについて書きました。記事はこちら。公共の場(主に駅)に設置された、誰でも無料で読めるレシート形式の文学自動販売機のお話です。

2016-11-25

フランスの子供のための俳句参考書


散歩の途中、知らない本屋を見つけた。ガラス越しに覗くと、割と広そうな店内である。とりあえず中を一周してみようと思い足を踏み入れたら、いきなりキッズコーナーに『わたし、俳句を書くよ』というタイトルの参考書が積んであった。


日本のイラストレーションを意識した表紙。えらくまじめというか、なんというか。左隣のフランス風イラストレーションがわがままいっぱいにみえる。


左ページは冬の歳時記をかんがえる問題。色、果物、遊び、衣類、事物、祭、匂、動物、遊興といったテーマから連想する語を挙げてゆこうというもの。右ページは俳句の575構造の説明。きちんと音節を数えている。


左ページは《季語は何の役に立つのか?》について、紀貫之による詩の定義まで遡りながら解説している。右ページは芭蕉の人生の紹介。


暮らしを観察することの大切さについてはかなりページ数が割かれていた。それはそうとラーメンにしかみえないこれ、たぶん年越し蕎麦なのだろうが、日本人だったら、あまり絵心のない人でも蕎麦の麺の感じがこうはならないような気がする(このイラスト自体は素敵。風雅で)。


切れ字の説明。フランスでは切れ字のひとつの方法として「!」を用いる。本書によると切れ字というのはワンダーの導入であり、仮に「かたつむり/ゆっくりのぼる/富士の峰(Petit escargot / va doucement pour monter / sommet du Fuji)」という句をつくった場合、切れ字の位置は
かたつむり
ゆっくりのぼる
富士の峰!
ではなく、
かたつむり
ゆっくりのぼる!
富士の峰
とするのがいいですよ、富士よりも、3776メートルもあるこの火山をのぼるかたつむりの方こそ感動だから、とのこと。超わかりやすい。で、たぶんこの切れ字理論の進化系が、

ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ  田島健一

なのだなと独断する。この辺、詳しく知りたい方はどうぞ「ハロー・ワンダーあるいは道徳の原理」をお読みください。

2016-11-22

ゆらめく閃光





俳句を書くことのおもしろさは「モノをつくることの目的はモノをつくることそれ自体である」という原理がみえやすいところだと思う。もちろん他の文芸でも似たような感触を得ることは可能だ。が、いかんせん俳句よりも(主に文字数の関係で)表現を宿しやすい分、他人の目線といった内省が初手からついてまわる。

「わたしはこのような体験をした」と意識する以前のこころのうごき。「人に伝わるように(或いは伝わらないように)書くには?」と思案する以前のことばのかたち。コミュニケーションに侵される以前の、どことなく見慣れない文字。そんな文字に囲まれて一人遊びに没頭するたのしさ。飽きるまでつづく戯れのさなか、ひょい、と思いがけないかたちに積み上げられたことばの、あの感動的なゆらゆら。

ことばの純粋なる屹立とは、そんな〈ゆらめく閃光〉としか言いようのない神秘のしぐさを指すのではないか? ことばがゆらりと立ち、そして倒れるとき、そこに詩の舞踏を感じるのもまたそういったわけだ。

鳥の巣に鳥が入つてゆくところ  波多野爽波

2016-11-20

不在という檻




記憶においては、つい先日のことも幼少期のことも等しく見渡せるように信じがちだけれど、これは夜の星と星とのあいだに距離感が感じられないのとまったく同じ理由で、じっさいには記憶の世界にはあばたのような奥行きがある。そこには思い出されることのない出来事もまた孤独な気泡となって漂っており、なにかの拍子でその気泡が割れるたび、ふだん見渡している記憶とはすなわち自分を取り囲む檻なのだとあらためて気づく。

それはそうと、思い出されることは今となっては全て不在だ。この不在という檻の、呑まれてしまいそうなほどの明るさ。

その朝も虹とハモンドオルガンで  正岡豊

2016-11-19

オンフルールの空の王(info編)



ウジェーヌ・ブーダンについて数人から似たような質問をされたので、インフォメーション編を書くことにしました。


ウィキにあるように、ブーダンはレジオン・ドヌール勲章を授与された人気画家です。モネよりブーダンが好き、と言う人にたまに会いますが、両者の位置関係を比喩的にいうと、おそらく、ドビュッシーよりフォーレが好き、くらいの感じ。
*ル・アーヴルのアンドレ・マルロー美術館(MUMA)にあるブーダン・コレクションは圧巻(写真はブーダンの展示風景。MUMAの頁から)。それに比べると、オンフルールのブーダン美術館は質・量ともに見劣りします。

2016-11-18

オンフルールの空の王(後編)



ノルマンディー橋(1995年完成)はセーヌの河口をまたいで、モネのいたル・アーヴルとブーダンのいたオンフルールとを繋いでいます。


この斜張橋を眺めるたび「空の王様みたいな橋だなあ。しかも絵に描くのにちょうどいい風景だなあ」と思うんです。

2016-11-17

オンフルールの空の王(前編)





クロード・モネに絵の手ほどきをした「空の王」ウジェーヌ・ブーダンは、エリック・サティとならんでオンフルールを代表する芸術家。印象派好きの人にはよく知られた話ですが、ある日ル・アーヴルの文具兼額装屋でモネの描いた漫画をたまたま目にしたブーダンは、1年以上にわたって彼を誘いつづけ、絵筆を持ったことのないこの17才の少年を自分の画塾に入れます。これ、モネは本気で嫌だったらしい。にもかかわらず、最初の授業で川辺に連れ出されたモネは「絵を描くとはこういうことだったのか!」といきなり開眼してしまうんですね。

ブーダンの教えた要点はふたつ。ひとつは戸外で制作すること。もうひとつは空をよく見て、過ぎ去ってゆく瞬間を克明にとらえること。チューブ入りの絵の具が考案されたとはいえ、自然をじかに目で見て彩色するのがまだ画期的だった時代に、ブーダンはデッサンを飛ばしてその画期的次元からモネをスタートさせたのでした。


モネの先生であることが一目瞭然の画風。ブーダンの主なモチーフは海、港、人や牛の群景で、構図はそれらのモチーフを水平線あるいは地平線込みで描き、上半分はほとんど空といったものが大半です。とりわけ得意なのが青い空と白い雲。作品を眺めるたび、空気の流れやその温度がほんのり沁み入ります。

2016-11-16

カモメの食事





カモメは目があうと、わざわざ誇らしげに獲物を見せてくれることがある。あれはなんとかならないのだろうか? わたしは獲物の死骸がダメなのである。いや、死骸じゃなく、生きていてもダメなのだった。いま住んでいるアパートの向かいには中学校があって、6階にある我が家の窓からその広々とした屋根の上が丸見えなのだが、そこでよくカモメが生きたハトを食べている。ぶすりと一刺しし、ハトをびくっと意気消沈させては、ちょっとずつ肉をむしって。三十分は食事にかける。そしてかならず食べ残して去ってゆく。

2016-11-15

ラグビーと俳句



週刊俳句誌上で「みみず・ぶっくすBOOKS」という記事を不定期で書いています。記事の内容は主にフランス語の句集の紹介で、原則として「その辺で安く手に入れた、かわいい本」に焦点を絞っています。稀少本は避ける。値段は千円以下(古本含む)。そして写真うつりが良いこと。お金もなく語学も不得意だけれど、暮らしの中で自分なりに俳句の本を楽しんでみたよ、といったスタンスです。

今のところ反稀少&低価格の原則は守られている一方、写真うつりについてはたまに崩れてしまうことがあります。妙な主題のものを見つけたときとか。もっともそういった本は記事にしません(見ていて退屈だから)。下のジャン=ルイ・シャルトラン『青い芝の上で』もそんな一冊。


副題に「ラグビー俳句」とあるとおり、ラグビーの風景および心得を元選手である著者が102の俳句にした本です。残念ながら紹介したくなるような句はなかったものの、高揚する精神を詩に昇華させたくなったとき、その詩型に選ばれる程度にはポピュラーなんだなあ俳句は、と改めて思いました。

ところで日本の俳句でラグビーというと、あのじわじわくる

帰るラガー鱏(えひ)水槽のなかに死ぬ    赤尾兜子

なんてのは相当特殊で、基本的にはその端正なイメージを青春性あるいは宗教(静謐)性と無理なくかけあわせたものが多い気がします。

ラグビーの頰傷ほてる海見ては    寺山修司
ラガー等のそのかちうたのみじかけれ   横山白虹
枯芝にいのるがごとく球据ゆる        〃
イエスゐるやうにラグビーボール置く   齋藤朝比古

こうして並べると兜子の句もひっくるめて、ラグビーを詠んだ俳句にはわかりやすい品がありますね。今度の週末、えりまきを巻いてラグビーを観にゆきたくなるくらいに。

2016-11-14

野遊び、きゅんと。



(しおたまこ「ひとり文化祭」より)

11月13日のブログで小池純代の「ありたれいしょん歌留多」を折句と書いたのですが、あのあと「この作品、折句という呼び方で良かったのかな?」と不安になりました。頭韻を揃えているだけだから。こういうシンプルな疑問をぶつける相手がいないのは不便です。

しょうがない。過去はきれいさっぱり忘れることにして、折句の話をつづけますと、小池純代に「野遊び --- the Japanese syllabary steps」というの別の連作がありまして、その冒頭が

あひみてのいまはうたかた泡沫(うたかた)のエスプレッソに面(おも)伏すパティオ   小池純代

という歌(泡は旧字体)なのですが、いかがでしょう、カフェでうつろなひとときを過ごす男女のこの描きっぷり。つかのまの逢瀬、うたかたのリフレイン、泡立つエスプレッソの修辞、面伏すのが人でなくパティオであるがゆえの、感傷の抑えられたアンニュイ感。死にそうなほどきゅんときます。一読で痺れてしまった自分は真似したい気持ちを抑えきれず、さっそく

さるびあに痺れる指(および)すべからく世界は意味にそびえたつべし

という折句を書きました。しかしこれだと前後の意味関係がいかにもとってつけたよう。および、という読みも青臭い。で、どうにかしたいなあと思いつつ長いこと放置していたんです。それがある時、俳句にしたらいいかもとひらめいて、

さるびあに痺れし指を陽に吸はす
すべからく世界よ蟻にそびゆべし

こんな風につくりかえてみました。が。短歌の時よりはましになったものの、やはり魅力不足。まだまだ直したいですが、これ、手元に置いたままだと思案の袋小路に入ってしまいそうなので、いったん執着を断つためにブログに出してまうことにします。

2016-11-13

『週刊俳句』のススメ



突然ですが、俳句と自分とのなれそめについて書こうと思います。というのも、どうやら来週の日曜日が週刊俳句(以下「シュウハイ」)の500号記念らしいんですよ。それで自分にとってシュウハイがどれだけ特別なのか、感謝の意味も込めてたまには文字にしておこうかなと。なるべく短くまとめますので、嫌がらずに読んでやってください。

わたしは『豈』の攝津幸彦賞準賞をいただいたことがきっかけで俳句を始めたのですけれど、実をいうとそれ以前にも俳句を書いたことが一回だけあって、それが小中高校時代ではなくてですね、シュウハイ主催の第2回「10句競作」という企画だったんです。この企画が発表された数日後、まさしく文字どおりの偶然から『週刊俳句』という、なんだかよくわからない怪しげなサイトに迷い込んでしまったわたしは、しかし妙にオープンな場の雰囲気をひと目で気に入って、つくったこともない俳句をいきなり「競作」に送りつけました。もっともこのときは中村安伸さんの選を受けたことで満足し、俳句そのものに興味をもつには至らなかったのですが。

俳句はどうでもよかったものの、ごくたまに覗くシュウハイの、あいかわらずぎょっとするような風通しの良さはやはり好ましく、その後もトップ写真を3回ほど投稿したり、俳句と関係のない記事をさがしては読んだりしていました。

先の「競作」から1年と少し経った頃、このブログで見つけた高山れおなさんの『俳諧曾我』をジャケ買いしました。はじめて手にする句集です。これが信じられないくらい肌に合った。で、その作品に感動したわたしは、思わずふらふらとシュウハイに感想文を送った(そしてまた本人に会ってみたいという俗っぽい動機から彼が審査員をつとめる攝津賞にも原稿を送った)のでした。

そんなわけで、俳句とのなれそめが生じたのは、作句文章共に、シュウハイのゆるーい空気のたまものだった訳です。

シュウハイは、ほんとうに、誰でも飛び込みで書くことができます(たぶん)。結社、同人誌、一時のグループとなんでもいいですが、俳句を書くのにそういった仲間は必要ありません。一人で楽しめるのが俳句です。とはいえたった一人で書いている人間が外の世界にアクセスしたくなったとき、それがいとも簡単に可能なのはシュウハイだけだという事実にわたしは何度気づいたことでしょう。そんなわけで、来週500号を迎えるシュウハイには、この先もずっと続いてほしいなって思うんです。もちろんただ続くのではなく、できることなら「これ、立て付けが悪いんじゃないの?」ってくらい風通しの良いままで。はい。

2016-11-12

しおたまワールドから冬の折句へ





しおたまこさんの個展「ひとり文化祭」が表参道のギャラリーニイクではじまりました。しおたまさんのツイッターに展示作品が何点かアップされています。とてもかわいいです。『フラワーズ・カンフー』も扱っています。お近くにお住まいの方はどうぞこぞってご来訪ください。

* * *

折句は、きばらずに軽くまとめたものががいい。こんな感じの。

冬に読む文(ふみ)のぬくみの
ふふふふ

ふくみわらへり
ふくらみながら   小池純代

連作「ありたれいしょん歌留多」より。ありたれいしょんは頭韻のこと。この連作でいちばん有名な歌は「も」の

も、も、ももを
も、もいでもらふ
も、もちろん、も、問題ない
も、も、桃、だもの   小池純代

だと思いますが、ほくほくした部屋の雰囲気とふみふみした音のうごきが愉しい「ふ」の方がわたしは好き。だからなんということもない、それだけの話なんですけど。けど、おとといの俳句と短歌が少しせつなかったので、楽しい手紙の話もしておこうと思って。

2016-11-11

『フラカン』解体、そして恋心



先日ある人が、あなたの『フラワーズ・カンフー』に入っているこの句が好きですと言って口ずさんでくれたのだが、どういうわけかそれが俳句ではなくて短歌だった。俳句と短歌の区別がつかなかった、という話ではない。そうではなく、その人はわたしの短歌の、きっかり上の句だけを口ずさんだのだった。

こういうのは初めての体験である。それで、し、しものくは?とおそるおそる尋ねると、これ、下の句は要らないんじゃないっすかね。だいじょうぶですよ、なくて。じゅうぶんガソリン入ってます、とのご意見。わたしは、そうか、そうなんだ、そうかもねーと笑いながら、その人がじぶんの好き勝手に『フラカン』を解体して読んでくれていることがうれしくて、心のなかでひゃっほーと踊る。

* * *

くりかへしくりかへし聽くいちまいの音盤(ディスク)のごとき戀心かな  小池純代

連作「11月のヴァリエテ」より。レコードの素敵なところはくるくる回っているのが目に見えるところ。恋をしたら、くるくるまわりたい。アホっぽく。レコードはたまに、ちゅん、と音がとんでしまうところもかわいい。掲歌は「くりかへしくりかへし」の部分に、始まりを花咲くようにリピートしたい気分と、音のたわむれを終わらせたくない気分とが強く出ていて、こういう恋心って、うーんすごくわかるよ。

2016-11-10

手紙と火



ほどけゆく手紙の中の焚火かな  西原天気

炎の中で手紙が燃えているはずなのに、まるでほどけてゆく手紙の内側から炎が生まれてくるかのよう  紙が燃えるときって、そんなふしぎなゆらめきを感じますよね。トリュフォーの『華氏451』も、本のゆらめき燃えるシーンがとても印象的でした。さらに言うと、焚書の「焚」が焚火でもつかわれる字だということが、この句の光景にささやかな陰影を与えている予感も。

ともあれ、手紙から立ち上るものがその手紙を焼きつくす炎だという状況は本当にせつない。この句を読むたび思い出すのはきのう紹介した小池純代さんの連作「手紙について」に入っているこんな歌。

反故やいな乾ききりたる約束の束なれば火をとほざけて讀む
小池純代

もはや瑞々しい記憶を失ってしまった手紙。なんの匂いもなくなってしまった手紙。自らを一瞬で火だるまにすらできる手紙。そんな怖ろしい光景をぜったいに見ずにすむよう、過去の手紙は細心の注意を払って手にしなくてはいけない。とくに物思いの秋は。

2016-11-09

すがしき野にて



前略の門(かど)をくぐりて歩むどち語らひながら草草(さうさう)の野へ  小池純代

連作「手紙について」より。

スタートからゴールに至る言葉の流れに「うーん」とうなってしまう。「門をくぐる」という演出が、ひょいと身軽な出立を感じさせる「前略」。「語らひながら」の「ながら」には、これが四句に位置しているせいで、時を忘れていつまでも会話を楽しんでいる様子が滲み出ているし、結句ですっと「野」へ出てしまう展開も美しい。

それにしても、この「草草の野」という言葉を見るたび、とても幸福な気分になるのはなぜだろう? この野に出てしまったら最後、もうお別れなのに。

いずれにせよ、気の合う人とのお別れは、こういった、ひろびろとした場所でしたい。しばしのお別れをぐっと我慢して、すっきりと、涼しい感じでしたい。そして、別になんでもなかったような顔をして、なるべく早く、また会いたい。

2016-11-07

学生寮へゆく



日曜日、中国から短期研究で来る知人のために大学の学生寮の手続きにゆく。とても陽気の良い日だ。寮の隣のグラウンドではインド人の集団がクリケットをしている。日頃からインド人に対してはときめくような妄想を抑えられない自分だが、フェンス越しに眺める彼らは歌うでも踊るでもなくさらにはクリケットもひどく下手で、現実とはまことに不如意なものだと思う。

エレベーターホール
郵便受けルーム
室内1
室内2(部屋の奥から撮影)
室内3(入り口から撮影)

このように、非常にイケアっぽい雰囲気。室内を見たとき、独身だったら住んでもいいかなと一瞬思ったが、どうだろう、似たような境遇の人間がひしめく空間というのは、あんがい気が休まらなくて大変かもしれない。

2016-11-06

音楽を聴く休日は



カンフーにのめりこんでいなかったら今ごろ何をしていただろう?と月一くらいの割合で想像するのですが、そんなの想像するまでもなく「踊っていた」に違いないのです(実際の人生においても、最初ダンスが好きだったのを、途中からカンフーに鞍替えしたのですし)。音楽を流して過ごす休日は、とりわけその実感を強くします。


2016-11-05

冬のリヴィエラ



森進一に「冬のリヴィエラ」というマドロス歌謡最後(たぶん)の大ヒット曲があるじゃないですか。わたしね、歌謡曲史オタクの大瀧詠一が「この歌詞、マドロスものにしてね♡」と松本隆にわざわざリクエストしたんだろうなって思ってるんですけど、実際はどうなんでしょう。いずれにせよ、バブルのあとは股旅(ですよね? 社会学的に言ってマドロスさんというのは)の系譜全体が完全にヴァーチャルな演出になってしまった。それと共にカモメの出番も本当に少なくなりました。

ところでリヴィエラの中心部というのは、フランスのニースからイタリアのサンレモへと至る地中海沿岸で、その長さは約50キロ。もともとこの辺りはサルデーニャという王国でした。ニースがサルデーニャ王国からフランスに譲渡されたのは1860年のことです。

実はわたし、ここへ来て数年間はニースがリヴィエラだと気づかなかったんですよ。だって歌のイメージだとジェノヴァって感じなんだもん。でもこうして丘の上から港を眺めると、ああここもイタリア文化圏の寄港地だなあとしみじみわかる。ね。

2016-11-04

あかるい現(うつつ)





ことりと秋の麦酒をおくときにおもへよ銀の条(すぢ)がある空  紀野恵

上の歌から連想するのは大弐三位の〈はるかなるもろこしまでも行くものは秋の寝覚めの心なりけり〉。ただしこの和歌の「広がり」は寝覚め月を眺めながらの物思い(別離)が主調にある。

一方、紀野の歌は昼のあかるさと「おもへよ」という命令形とがわたしを嬉しくさせる。だってこの「おもへよ」はいわゆる秋の物思いではなく、それを断ち切った世界を想えという意味にちがいないから。

悲しみに目もくれない態度。鳥のような態度。何もなさの表面を滑走しつつ、どこまでも心の羽をひろげること。「銀の条」は空を飛ぶものだけが残すことのできる痕跡だ。

紀野の作品というのは多彩なヴァリエーションを形づくりつつも、総じてこの歌と同じような、あかるい現(うつつ)の時間が流れている。またその現(うつつ)は、初句四音のはらむ小さな空白からすっきりと広がる秋天までといった風に、無限のグラデーションの空(うつ)によって織り成されているようだ。

2016-11-03

人が聴くもの



音に魅きつけられる理由は、それが《音づれ》や《音なひ》といった風に、なにかの到来を予感させるから。

それゆえ、わたしがとりわけ愛する音は、音楽でも雑音でもなく、物音だ。

ことりと秋の麦酒をおくときにおもへよ銀の条(すぢ)がある空  紀野惠

2016-11-02

死を合わせる




わたしが武の道をさまようことになった最大の原因は『拳児』を読んだことなのですが、『拳児』の作画を担当した藤原芳秀には『コンデ・コマ』という漫画もあって、これは「死合」を求めて地球上を転戦した男・前田光世(グレイシー柔術の祖)が主人公なんです。「死合」というのは命を賭けた闘いのこと。講道館柔道の創始者である嘉納治五郎が技を試し合うことを意味する「試合」に改字してしまうまでは、こう綴っていたみたいですね。

さていきなり話は変わって、さいきん飯島章友さんの歌に

〈戦争の放棄〉を守るわたくしは幸せの字を「死合せ」と書く

というのがあるのを知りました。ちなみにわたしも

ぬつ殺しあつて死合はせ委員会

という句を書いているんですけど、この〈しあわせ〉を〈死合せ〉と書く作法ってほとんど目にしないのでなんだか嬉しいです。ふいに〈しあわせ〉という言葉を耳にすると、自分が死と紙一重の場所に存在することをかえって意識してしまうことってありますよね。〈しあわせ〉という言葉自体も、どこか鋭い、刃の擦れたような音をしていますし。たぶん、だから。

2016-11-01

〈私性〉について、別の観点から。




パリにいたころ、大学が無料だと知って、最寄りの学校にもぐりこんでみました。

入試問題は「文学にとって真実とは何か?」という一問のみ。正直わたし、このときはじめて文学に〈真実〉という研究テーマがあることを知ったんですよ。で、入学してからも〈真実〉をめぐる講義がいくつもある。本気で驚きました。なにゆえ〈真実〉なんてけったいなものがかくも盛んに研究されているのかその理由が全然わからなくて。とはいえ柄谷世代なので〈私〉や〈内面〉の発見が近代文学の起源であることはかろうじて知っていて、これを頼りに〈私性〉によって文学が勝ち得たものについて考えてみたところ、そのひとつがマニフェスト性を強く帯びた〈真実〉であることに気がついた。

個の感受性をひっさげた〈私〉というパフォーマーは文学にかけがえのない〈真実〉を組み込むことに邁進します。またそれによって文学ははじめて〈公共性〉に拮抗する地位を得ました。いわゆる「政治と文学」の図式です。

短歌においても〈公共性〉に対抗する〈私性〉をどのように創り上げるかは各人の腕のみせどころ。とりわけ塚本、岡井、寺山、葛原など戦後すぐの歌は31文字という微妙な尺に〈私性/真実/公共性〉の虚実を折り畳むさまざまな試みとして捉えられ、今もってその価値を失っていない。で、この話のオチはですね、その試みの現在地が斉藤斎藤の短歌なのかなと思っている、ということ。はい。