2017-12-01


● 句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)が刊行されました。
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2017-11-21

幸田文の俳句


漢詩というのはオノマトペがやたら好きです。特に畳字が多く、訳すのがむずかしい。とりあえず可愛かったらオッケー?という感じでやっています。

  秋声  余林塘

黄葉颼颼風瑟瑟 悲蟬咽咽雨淋淋
不知窓外梧桐上 攪碎愁人幾寸心

秋の声  余林塘

葉はかさかさと舞い 
風はさわさわと鳴り

蟬はじーんと悲しそうで
雨はしとしと寂しそうで

それらが なんでまた窓の外の
あおぎりの木をいっぺんに見舞って
人の愁いをかき乱そうとするのか

詩は柏木如水『訳注聯珠詩格』より引用。余林塘(よりんとう)の略歴は未詳。で、ですね、この詩の「黄葉颼颼/風瑟瑟/悲蟬咽咽/雨淋淋」の形から一瞬にして思い出すのが、

風そより山吹ほろり水しょろり  幸田文

こちら。幸田文は俳句を全くやらないそうで、確かにこの句、俳人の書くそれではないですよね。とはいえ素人の句かというと露ほどもそうじゃない。なんというか、親の漢籍の教養が子に口伝されたとしか言いようのない句。あるいは世間話のときなんかに、漢詩の超訳をひょいとやってみせる粋な大人が周りに多かったんだろうな、って雰囲気の。

2017-11-20

文学フリマ東京のお知らせ


11月23日の文フリ東京。週刊俳句(F-52)ならびに庫内灯(G-12)のブースに参加しています。

♣︎ 週刊俳句(F-52)♣︎
「蒸しプリン会議 秋冬号」に「ウォータークロゼット」を寄稿。判型はB7判(てのひらサイズ)と小型ながら、プロのデザインによる可愛い本に仕上がりました(って実はまだ現物が存在しないのですけど)。造本は会議メンバーによる手作業。あ、こちらのブースには『フラワーズ・カンフー』もあります。

♣︎ 庫内灯(G-12)♣︎
BL俳句誌「庫内灯 3」に「ボーン・イン・ザ・冥土」その他を寄稿。今回のテーマは越境・海外俳句。俳句の執筆者は9名。上海→満州→モンゴル→台湾→ベトナム→バンコク→ドゥブロヴニク→フランス→冥土、と越境の旅を繰り広げます。

♣︎ 第二十五回文学フリマ東京 ♣︎
開催日  2017年11月23日(木祝)
開催時間  11:00~17:00予定
会場 東京流通センター 第二展示場
アクセス  東京モノレール「流通センター駅」徒歩1分

2017-11-19

一字句と一字詩


加藤郁乎に「一満月一韃靼の一楕円」という句がありますが、彼の風狂好みを考えると、たぶんこれ一字詩から来ていると思うんですよ。「一満月一韃靼」は辺塞詩そのまんまの情景ですし。

そのまんまといえば飯田龍太「一月の川一月の谷の中」も山水詩の情景の範疇にありますが、こちらにある鑑賞文の手つきから想像するに、漢詩との比較においてうんぬんする人は少ないのかもしれません。

  秋江独釣図  王士禎

一蓑一笠一扁舟 一丈糸綸一寸鉤
一曲高歌一樽酒 一人独釣一江秋

  秋の川でひとり釣りをするの図  王士禎

蓑一つ
笠一枚
舟一葉。
糸一巻きに
鉤一本。
一曲を吟ずるに
酒一樽。
一人釣りする
一すじの川、
秋。

王士禎(おうしてい、1634年-1711年)は清の詩人。この人はなんというか還元主義的情緒の詩を書く人で、上の詩もミニマリズムの世界。この形式の詩は相当古くからあるらしく、唐の詩人たちの作品も色々と残っています。以下に引くのは唐詩ではなく、わたし自身が一字詩を知るきっかけとなった作品。

  十一字詩   何佩玉

一花一柳一漁磯  花一つ柳一もと一つ浜
一抹斜陽一鳥飛  一きわ赤き夕焼に飛ぶ鳥一羽
一山一水一禪寺  川一すぢ一つ山のべ寺一つ
一林黃葉一僧歸  一むらもみぢ 僧一人帰りゆく見ゆ
   (那珂秀穂・訳『支那歴朝 閨秀詩集』より)

何佩玉(かはいぎょく)も清の詩人。安徽省の知事何乗堂の三女。乗堂の娘たちは「何氏三姉妹」として当時の文壇でも有名だったようです。中国のサイトでは、この作品は「十一字詩」ではなく「黄昏」という題で紹介されていました。ゆったりとした、それでいて奇趣を好む、文字どおりの才女ぶりが魅力的。

2017-11-18

片足の鳥のこと


さいきん刊行された『原民喜童話集』のことを考えていて、子供の頃、佐藤敏直のタイトルの雰囲気が好きだったことを思い出した。「ちいさなパレット」ではなく、好みだったのは和楽器による、このあたり。
・片足鳥居の映像(1971)
・鳩のいる風景 ~二本の尺八のために~(1974)
・群青 ~三面の十七絃のための~(1981)
・灰色の風のデッサン(1978)
・糸のためのコンチェルト(1983)
「片足鳥居の映像」は、なんて詩的なタイトルなのだろうと大切に思っていて、それが原爆と関係していることに気がついたのは大人になってからだった。

2017-11-17

谷は静かに霞んでまだなにも見えない


謝霊運(しゃれいうん、385年-433年)は魏晋南北朝時代を代表する詩人。山水を詠じた詩が名高く「山水詩」の祖とされています。4世紀生まれだなんて、ほんとに昔の人ですね。

  從斤竹澗越嶺溪行  謝霊運

猿鳴誠知曙 穀幽光未顯 巌下雲方合 花上露猶泫
逶迤傍隈隩 苕逓陟陘峴 過澗既厲急 登桟亦陵緬
川渚屢徑複 乗流翫回転 蘋萍泛沉深 菰蒲冒清浅
企石挹飛泉 攀林摘葉巻 想見山阿人 薜蘿若在眼 
握蘭勤徒結 折麻心莫展 情用賞為美 事昧竟誰弁 
観此遺物慮 一悟得所遣


斤竹澗より峰を越えて谷川をゆく  謝霊運  

猿が鳴き 夜明けがやってきたけれど
谷は静かに霞んでまだなにも見えない
岩の下では雲が重なりあい
花の上には露が滴っている
くねくねと奥まった道に添い
とびとびに険しい谷を越え
服を着たまま谷川をわたり
桟道をのぼって遠くの山の上に出る
川のほとりを行きつ戻りつ
渦巻く流れとたわむれれば
浮草はゆれながら淵にしずみ
まこもやがまは瀬にきよらか
石の上につま先立ちして湧き水を汲み
木の枝を引きよせて若い葉を摘みとる
それから山で修行する人のすがたを
その葛の衣までありありと思い描いたり
蘭草を握りしめ 贈る人もいないのに
心をこめて無駄に結んでみたり
麻を折り やはり贈る人がいないので
胸をしゅんとしぼませたりする
情というのは悟りによって
きれいに消えてゆくらしいけれど
それは誰にでもできることじゃない
ただこの美しい景色が憂いを忘れさせ
なんだか無心の境地に近づけるのは本当だ

謝霊運は「仏教の聖性」と「文学の美」との融合を最初にやってみせた人としても知られているようです。原詩の「情」「賞」「美」の解釈については佐竹保子氏の研究を参考にしました。

2017-11-16

漱石の漢詩


英国留学の直前、大志と惜別とのはざまにいる夏目漱石が正岡子規を思いながら作った律詩。

  無題  夏目漱石

君病風流謝俗紛 吾愚牢落失鴻群
磨甎未徹古人句 嘔血始看才子文
陌柳映衣征意動 舘燈照鬢客愁分
詩成投筆蹣跚起 此去西天多白雲

  無題  夏目漱石

君は病気のせいで
風流にも世間を離れている
私は愚かさゆえに
むなしく友と離れてしまう

私が瓦を磨く調子で
書物の中をさまよっている時も
君は血を吐きながら
そんな美しい花を咲かせている

道の柳が衣に触れれば
旅への思いがうごきだすし
宴の灯が鬢を照らせば
別れの愁いがあらわになる

詩ができて
筆を置いて 
私はふらりと立ち上がる
さあゆこう 
西の空にも
きっと白い雲はあるのだ

この詩も短歌連作にできそうな雰囲気。「柳」は昔、旅立つ人に柳の枝を折って贈った中国の風習を踏まえています。「西天」は西洋の空のこと。

それはそうと第四句の訳が不安です。「嘔血」が子規の病気ではなく「血を吐くほどの努力」の意だとすると訳の流れも変わってきます。家にある辞典に従うとこれで良さそうなのですが、何冊か漱石関係の本を見てみたい(漢詩は異訳が多いので)。図書館がないというのは不便です。

2017-11-15

リズムを変えて


今日はリクエストをいただいたので、李賀「贈陳商」を訳すといった暴挙に出ます。

リクエスト理由は残念ながら不明。でもアストロ球団の「花の都に男子あり 二十歳にしてはや心朽ちたり すでにして道ふさがる 何ぞ白髪を待たん!!」の原詩が読みたいという理由だったら、と思うとドキドキします。

  贈陳商(陳商に贈る)  李賀

長安有男児  長安の都に男(を)の子ありにけり
二十心已朽  はやも朽ちたる二十歳の心
楞伽推案前  机には涅槃の経のうづたかく
楚辞繋肘後  いつでも楚辞は肌身離さず 
人生有窮拙  人生をややこしくする三叉路か
日暮聊飲酒  日も暮れ方の酒をいささか 
祗今道已塞  どの道をゆけど塞がる音のして  
何必須白首  いつのまにやら白髪頭に 

淒淒陳述聖  わかものは才を抱きて愁ひ顔
披褐鉏爼豆  襤褸をまとひて礼楽を為す
学為堯舜文  古き詩が骨の髄から大好きで
時人責垂偶  今の流行りは浮かれた破調
柴門車轍凍  ひつそりと轍凍てつく門の前
日下楡影痩  楡の影絵もいよいよ痩せて
黄昏訪我来  黄昏に君は訪ねてくれたけど
苦節青陽皺  若き額に苦節の皺が

太華五千仭  真夜中の目にも聳ゆる太華山
劈地抽森秀  鬼神(ディオニソス)的香の厳かに
旁苦無寸尋  あたりには脱俗の気の漂ひて
一上戛牛斗  彦星までも登りつめたり 
公卿縦不憐  世の中にもつと騒いで欲しいかも
寧能鎖吾口  我のみが知るただならぬ詩を
李生師太華  太華山さう君のこと呼んでみる
大坐看白昼  あぐらで天を眺めるごとく

逢霜作樸樕  霜にあふ木々は小さく縮こまり
得気為春柳  春の柳はゆらゆら揺れて
礼節乃相去  礼節の固き誓ひはどこへやら
顦顇如芻狗  藁の犬にも劣るいでたち
風雪直斎壇  風雪の夜の祭壇に宿直(とのゐ)して
墨組貫銅綬  腰に佩(お)びたる銅印墨綬
臣妾気態間  官吏みな腰を屈めておづおづと
唯欲承箕帚  掃除の役を給はらむとす

天眼何時開  蒼天の瞳はいつか開くのか
古剣庸一吼  古き剣(つるぎ)はいつ吠えるのか

昔、小池純代さんが李賀の独吟聯句を日本の連句風に訳していたのを読んだことがあるのですが、それがとても良かったので、自分も575/77のリフレインでやってみました。